ーーこんなつもりじゃ無かった。
その頃、ロイは後悔しまくっていた。今にも泣き出しそうな小春の顔を思い出すと、自分を殺したくなる。
小春の血が欲しい。だから近付いて欲しくない。けれど小春のそばにいたい。離れたくない。自分の気持ちを持て余していた時に、小春から「血を飲んで」なんて言われて、思わず怒鳴ってしまった。
ロイも余裕がなかったのだ。
ーーこっちが我慢している時のあれは反則だ。
どうして小春を前にするとこんなにも抑えが効かないのだろう、とロイは疑問に思う。
ーーいや……全部俺が悪い。
余裕がなかったからって小春を傷つけていい理由にはならない。自分の情けなさに嫌気がさして、頭をくしゃくしゃに掻きむしった。
ふとジェームズの言葉が思い出された。「運命の血なのではありませんか?」と、今問われたら、すぐに否定できない気がする。
吸血鬼の力を最大限引き出してくれる『運命の血』。唯一無二の存在である『運命の血』なんて御伽話にすぎないと思っていた。今も信じているわけではない。
しかし小春と出会い、小春と触れ合い、小春と距離が近くなるほど、小春がほしくてたまらなくなる。小春といると『運命の血』という存在もあながち嘘ではないと思ってしまう。
ロイは首を横に振ってそんなものは存在しないと自分に言い聞かせた。
ーーだが、もし運命の血というのが実在するならば、相手は小春であって欲しい。
とにかく明日謝らなければ。
泣くのを必死に堪えていた小春の顔を思い出すと、今日は眠れなさそうだ、とロイはため息をついた。
◆◆◆
しかし時間は無情にも過ぎ去って行った。
一ヶ月後に披露宴を控えた二人に余裕なんて全くなく、会う時間さえも取れないまま時間だけが過ぎて行った。
その間、小春は実戦で経験を積み、招待客リストを頭に叩き込んだ。そしてロイは根回しを行い、陰陽庁に椎原家の問題の報告を行っていた。この動きを吸血鬼と協力者に知られないよう慎重に動く必要があったのでなかなかに骨が折れた。
そんな事をしているうちに、二人で会う時間も取れないまま披露宴当日を迎えた。
ーー結局、ロイ様に会えなかったわ。
小春はかなり落ち込んでいた。すぐにでも謝りたかったが、時間が取れないだけでなく、なかなか勇気が出なかったのだ。もしロイから拒絶されたら、と考えると立ち直れない。
小春はどんよりとした気持ちが溢れて、ため息を漏らした。
そんな小春の気持ちなんてお構い無しに、アスター伯爵邸の使用人達は小春を綺麗に着飾っていく。もともと白い肌に黒い髪の美しい小春は、薄い化粧をするだけでもかなり綺麗になった。使用人達が三日三晩議論して決めた髪型も、小春によく似合っている。
出来上がりを見た使用人達は大変満足そうに頷きあった。
「小春様、とてもお綺麗ですよ」
「本当に。御伽話に出てくるお姫様のようですわ」
「ありがとう」
小春も鏡の前で確認してみる。確かにそこには、椎原家で質素な着物を着ていたとは思えないほど美しい小春の姿が映っていた。
ーー本当にお姫様みたい。
小春も思わずそう思った。ならば相手の王子様はロイであって欲しい。けれど、もうロイは以前のように優しく接してくれないかもしれない。
そう考えるとまた小春の気持ちは沈んでいった。
「きっとロイ様も見惚れてしまいます」
「やだわ、ロイ様はすでに小春様にメロメロではありませんか」
なんて話で使用人は盛り上がっていた。きゃあきゃあとはしゃぐ使用人達の様子が眩しく見える。
ーー絶賛喧嘩中なんだけどな。
小春は楽しそうな使用人達に水を差すもの憚られ、笑ってその場をやり過ごした。
そんな小春を置いてけぼりにして、使用人達は「こんな甘い言葉を言われたら」「恋人にこんな事をしてほしい」等、きゃっきゃっと恋愛話で盛り上がっていた。
そんな使用人達を微笑ましく見ていると、部屋の扉がノックされた。
「小春様、ロイ様がお迎えに来ましたよ」
それを聞いた使用人達が黄色い声を上げた。楽しそうで何よりである。小春は使用人達からキラキラした目で見守られながら扉を開けた。
「小春、準備が出来たと聞いたが……」
扉の前で待っていたロイは紳士服に身を包んでいて、いつも以上にかっこよく見えた。いつもはおろしている金髪も、前髪をかきあげてしっかりセットされている。
小春は思わず頬を紅潮させて見惚れてしまう。
ーー私、こんなに綺麗な人の隣に立つの?
そう思うと急に緊張してきてしまった。
確かに使用人達の手によって綺麗にしてもらった。普段の小春からは考えられないほど綺麗になったのだから、不満なんて何一つない。けれど、こんな綺麗なロイの隣に立つに相応しい美貌は持ち合わせていないと思う。
ーーロイ様は私みたいな女性が隣で恥ずかしくないかしら。
恐る恐るロイの様子を見てみると、ロイは頬を紅潮させてぼうっと小春を見つめている。うっとりしていてもロイは本当に美しくて、思わず小春もつられて見惚れてしまった。
そんな二人の甘酸っぱく初々しい空気感に使用人達はソワソワしながら見つめている。黄色い声を上げてしまわぬよう口元を塞いでいる使用人までいる。
小春は緊張しつつも上目遣いでロイに尋ねた。
「あの、ロイ様?」
しかしロイから反応はない。うっとりした熱い視線で見つめられている。
そういえば最近ロイは仕事が忙しくて疲れていた。もしかして風邪をひいてしまったのではないかと、小春は心配になってしまった。
「ロイ様、大丈夫ですか?顔が赤いようですが、具合が悪いのではありませんか?」
「は!あ、ああ大丈夫だ」
ロイは我に帰り慌てて返事した。そんなロイの反応を使用人達は微笑ましく見守っている。
しかし小春は心配でたまらない。
「寝不足なのではありませんか?」
「ちゃんと寝た!昨日はぐっすり寝たから!」
心配そうにロイを覗き込んでくる小春を見ると、ロイは動悸が激しくなる。いつもの自分らしくないとは分かっていながらも、ロイはとにかく必死だった。
ーーロイ様、やっぱり様子が変だわ。
小春はいつもと違うロイの様子に、不安になっていった。
そして胸の奥がチクリと痛んだ。
ーーきっとまだ怒ってらっしゃるのね。
余所余所しいロイを見つめつつ、どうやって謝ればいいのか、それで頭がいっぱいになっていく。
しかし小春は頭を横に振って気持ちを切り替えた。
ーー傷ついてどうするのよ。今は作戦に集中しなくちゃ。
ロイとの関係は、期間限定の契約結婚だ。契約終了後もロイのそばにいさせて欲しいとは思っている。けれどそれもまずは吸血鬼の事件を解決してからの話である。
ーー今は自分のするべきことに集中!
小春は気合いを入れて部屋から一歩踏み出したのだった。
そんな小春の決意とは別に、ロイの心の中は大騒ぎしていた。
ーーなんっっだ!?あの可愛さは!!
いつも質素な着物姿だった小春が、ロイの紳士服に合わせてドレスを身に纏っている。ロイの青い瞳と同じ色をした青いドレスは、小春の白い肌によく映えている。そして首元や耳元で揺れるアクセサリーはロイの金髪と同じ金色をしている。
小春はロイのものです、と見る人が見れば分かる格好に、ロイは大変満足していた。
さっきは小春が可愛くて見惚れてしまい言葉を失ってしまったのだが、披露宴でそんな失態を晒すわけにはいかない。そう思って横目で小春を見た。
ーーやっぱり可愛い。
そうしてついつい見惚れてしまう。
ーーくそ。イギリス紳士たる者女性への褒め言葉くらい言えなくてどうする!
本当は小春に会ったら思いっきり褒めて甘やかして、そうしてこの前怒鳴った事を謝ろうと思っていた。けれど予想以上に小春が可愛くて、言葉が出てこないのだ。
ロイは懸命に自分を鼓舞し、小春を褒めようとしていた。
しかしロイは小春を見るとついつい見惚れてしまい、言葉が出てこない。
ーーやっぱり可愛い。
小春に見惚れるロイ。
そんなロイに不安を感じる小春。
こうして二人はすれ違ったまま、披露宴会場の扉の前に立った。
さすがの二人もここからが本番だと、気を引き締めた。
「アスター伯爵夫妻のご到着です」
会場にアナウンスが流れると、扉が開かれた。
会場中の視線を集めながら、二人は会場へと踏み出したのだった。


