「は?」
執事の言葉が信じられなかった。ジェームズも何も言葉が出てこない様子だった。ただ心配そうにロイの様子を伺ってくる。
「突然のことで驚かれたかと思いますが、事実です」
執事は暗い顔で俯いて話を続けた。
「先程、お二人のご遺体が……届きました」
その時ロイの視界は真っ黒になった。そして無意識のうちにゆっくりと立ち上がり、ふらふらする足取りで歩き始めた。
「ロイ様?」
いつもと違う様子のロイにジェームズは不安そうに声をかけた。しかしそんなジェームズの声はロイには届いていなかった。
ロイはふらふらしたまま、部屋から出て行った。
「父上……母上……」
まるで幽霊のようなおぼつかない足取りに、ジェームズはそれ以上ロイを引き留める事が出来なかった。
ロイが玄関に着くと、棺が二つ置かれていた。悲壮感漂う使用人達が棺を囲んでいる。中には涙を流す者もいた。
その光景を見てひゅっと喉がなる。
ロイに気が付いた使用人が、顔を真っ青にした。
「ロイ様!」
「ロイ様、見ない方が……」
そう言って使用人たちがロイを止めようとするが、ロイの足が止まる事はなかった。使用人達も無理矢理ロイを止めることは出来なかった。
そしてロイがゆっくりと棺を開けると、そこには確かに母親が眠っていた。具合が悪そうに出て行った母親が、その時の青白い顔色のまま眠っている。
嘘だと思いたかった。
誰の血かはわからないが、母親の頬には血がついていた。美しい白い肌についた血の赤色から、何故か目が離せない。真っ赤な美しい血の色がロイの心を塗りつぶしていく。
はあはあと息が荒くなると同時に、全身の血が騒いでいるかのような感覚になる。
「ロイ様っ!」
ジェームズに声をかけられて、ロイは我に帰った。
「ジェームズ……」
ようやくロイと目が合ったジェームズはほっと胸を撫で下ろした。そんなジェームズの顔を見て、ロイは涙がポロポロと流れた。
そして声を殺して泣いた。
あれからロイは、これまで以上にバンパイヤハンターの修行を積み、十六歳の時にアスター伯爵位を継いだ。両親の仇を探すためにも実力と地位が欲しかった。そのためにロイはとにかく吸血鬼を退治し続けた。両親が目指した共存の道とは違う方向に進んでいることは分かっていたが、それでも吸血鬼を退治し続けた。
父親の伯爵位を継ぐためにも手段を選ばなかった。イギリスでも若いと何かと舐められる事は多かったが、バンパイヤハンターとしての実績で捩じ伏せてきた。決して侮られないよう、ロイは悪魔のように強気に振る舞ってきた。
そうして今、実績を見込まれて日本にやって来た。
ーー日本に来てから悪魔と呼ばれることもなかったからかな。
思わず過去に浸っていたロイは不敵な笑みを浮かべた。
「テオバルト、俺は変わらないよ」
そう。あの時両親の亡骸の前で誓ったのだ。
ーー絶対復讐してやる。
それまで吸血鬼を討伐し続けると。
ロイの目に殺気立ったものが光る。
それを見たテオバルトは笑った。
「そうか。日本に来て気持ちが変わったのかと思ったが、俺の思い違いだったらしい」
「ふん。人はそう簡単に変わらないさ」
「てっきり日本の奥ゆかしく慎ましく美しい奥方にメロメロになって優しくなったのかと思ったからな」
ロイは後ろで控えていたジェームズを睨みつけた。テオバルトにそんな事を話すヤツなんて限られている。しかしジェームズは知らん顔して黙り込んでいる。
「実際どんな女性なのか気になるんだよね」
「絶対言うものか」
「これから情報収集するためにも会っておいた方がいいと思うんだが」
「必要ない」
「白い肌に黒い髪の東洋美人な女性なんだろう?」
「どこまで知ってるんだ、お前は」
ロイは大きくため息をついた。情報収集に関してはテオバルトはとても優秀だ。すでに小春のことも知っていて、どこかで会っていても不思議ではない。
そんなロイの気持ちを察したのか、テオバルトは肩をすくめた。
「安心しなよ。会ったことも見たこともないからさ。椎原小春に関しては椎原家にもほとんど情報が無かったし、こっちに来ている事を知らない町民の方が多いくらいだった」
「まあ。もともと居ないような存在として扱われていたからな」
「ただあやかし達からはかなり好印象だったな」
「ああ……それは確かにそうだな」
ロイは小春が屋敷に来た時、かなりの数のあやかしを引き連れていた事を思い出した。今も小さなあやかしが屋敷の中をうろちょろしている姿をよく見かけるようになった。
「気になるのはあやかしに好かれすぎているところくらいだったな。妖怪姫とか呼ばれていたようだし」
「どういう事だ?」
テオバルトの情報にロイは眉間に皺を寄せた。テオバルトは深いため息をついて、ゆっくり口を開いた。
「実はな。あやかし達に妙な動きがあったんだ」
あやかし達が慕っていた小春が町を追い出された。そこに妙な動きがあるとすれば、理由は一つしかない。
「復讐ってやつか」
「そういう事。まああのあやかし達への対処は椎原家の役目なんだろうけどな」
ロイは今の椎原家があやかし達を抑えられるとは思えなかった。今の椎原家は、今の地位にこだわってばかりで実力が伴っていない。悪鬼の件がなかったとしても、あのままではいつか足元を掬われるのは目に見えていた。
「椎原家には勿体無い。彼女は陰陽師の中でも最高位のあやかしを使役できるんだ。その上勉強熱心なんだからな」
ロイはポツリとそう呟いた。そんなロイの様子にテオバルトはおや、と目を丸くした。
「随分評価が高いな。ロイがそこまで詳しく把握しているとは思わなかった」
「なんせ毎日小春様の修行を見に行ってますからね」
「は!?あのロイが!?」
テオバルトは思わず叫んだ。ジェームズが喋ってしまったとは言え、ロイは顔を真っ赤にした。
「だというのにいまだに小春様を呼び捨てにできず、ぐずぐず悩んでいます」
「ジェームズ!」
ジェームズはツンとしていたが、ロイの反応を見ているとどうやら図星のようだと分かる。
「いやあ……まあ、ええっとぉ……」
さすがのテオバルトも気恥ずかしくて視線を泳がせた。まさか悪魔と呼ばれたロイがこんな恋する男子になっていようとは思いもしなかった。
「俺はそろそろお暇しようかな!椎原家のことがわかったらまた連絡するよ!じゃあな!」
テオバルトは手際良く帰っていった。ロイは言葉を失ったまま、何も弁解できなかった。
ーーあいつ、逃げやがった……っ!
そうは思いつつも小春のことを考えると鼓動が速くなる。
ーー名前くらい呼べる!!
ロイは首を横に振って心の中で否定する。そんな主人の様子を見ていたジェームズはやれやれとため息をついて、鈍い主人を見守るのだった。
◆◆◆
テオバルトが帰ってからロイの仕事は忙しくなくなった。
急遽椎原家に行くことになったので、急いで仕事を終わらせねばならなくなったのだ。それと同時に椎原家への訪問の連絡と陰陽庁への根回しも必要になった。
「ロイ様、食事の時間くらいはきちんととってくださいね」
「ああ。もうそんな時間か」
執務机から顔を上げると窓の外はすっかり暗くなっていた。
両親が亡くなってからロイの食事はずっと一人だった。それに慣れてしまってからというもの、どんなに美味しい食事を食べても何も感じない。そのせいか食事をとる事を少し億劫に感じていた。しかし食べなければ生きてはいけない。
ロイは重い腰を上げてゆっくり歩き出した。
ーー今日はいつも以上に気が重いな。
過去のことを思い出してしまったから余計かもしれない。ロイは思わずため息をついた。
ーー嗚呼、面倒だ。
そう思いながら食卓の部屋の扉を開けた。
「あ。ロイ様、お疲れ様です」
そこにはいないはずの小春が待っていてくれた。
ロイは思わず呆然となってしまった。
「あの、ロイ様がいつもこの時間帯に食事されると聞いたので……ご迷惑でなければご一緒させていただきたくて……その……」
小春は少しずつ声が小さくなっていって顔を赤くして俯いていく。
そんな小春が愛おしくて仕方ない。
ロイは自然と手を伸ばして、小春を抱き寄せた。
「へ!?ロロロ、ロイ様!?」
「すまない。疲れているらしい」
「それは、大丈夫ですか?横になった方がいいのでは」
「いや」
ロイの抱きしめる力が少し強くなる。
「しばらく、このままがいい」
小春は恥ずかしくて体が熱くて仕方なかったが、離れがたくもあった。
ロイが動かないことをいい事に、小春は恐る恐るロイの背に手を伸ばした。
そして優しくロイを抱きしめ返した。
執事の言葉が信じられなかった。ジェームズも何も言葉が出てこない様子だった。ただ心配そうにロイの様子を伺ってくる。
「突然のことで驚かれたかと思いますが、事実です」
執事は暗い顔で俯いて話を続けた。
「先程、お二人のご遺体が……届きました」
その時ロイの視界は真っ黒になった。そして無意識のうちにゆっくりと立ち上がり、ふらふらする足取りで歩き始めた。
「ロイ様?」
いつもと違う様子のロイにジェームズは不安そうに声をかけた。しかしそんなジェームズの声はロイには届いていなかった。
ロイはふらふらしたまま、部屋から出て行った。
「父上……母上……」
まるで幽霊のようなおぼつかない足取りに、ジェームズはそれ以上ロイを引き留める事が出来なかった。
ロイが玄関に着くと、棺が二つ置かれていた。悲壮感漂う使用人達が棺を囲んでいる。中には涙を流す者もいた。
その光景を見てひゅっと喉がなる。
ロイに気が付いた使用人が、顔を真っ青にした。
「ロイ様!」
「ロイ様、見ない方が……」
そう言って使用人たちがロイを止めようとするが、ロイの足が止まる事はなかった。使用人達も無理矢理ロイを止めることは出来なかった。
そしてロイがゆっくりと棺を開けると、そこには確かに母親が眠っていた。具合が悪そうに出て行った母親が、その時の青白い顔色のまま眠っている。
嘘だと思いたかった。
誰の血かはわからないが、母親の頬には血がついていた。美しい白い肌についた血の赤色から、何故か目が離せない。真っ赤な美しい血の色がロイの心を塗りつぶしていく。
はあはあと息が荒くなると同時に、全身の血が騒いでいるかのような感覚になる。
「ロイ様っ!」
ジェームズに声をかけられて、ロイは我に帰った。
「ジェームズ……」
ようやくロイと目が合ったジェームズはほっと胸を撫で下ろした。そんなジェームズの顔を見て、ロイは涙がポロポロと流れた。
そして声を殺して泣いた。
あれからロイは、これまで以上にバンパイヤハンターの修行を積み、十六歳の時にアスター伯爵位を継いだ。両親の仇を探すためにも実力と地位が欲しかった。そのためにロイはとにかく吸血鬼を退治し続けた。両親が目指した共存の道とは違う方向に進んでいることは分かっていたが、それでも吸血鬼を退治し続けた。
父親の伯爵位を継ぐためにも手段を選ばなかった。イギリスでも若いと何かと舐められる事は多かったが、バンパイヤハンターとしての実績で捩じ伏せてきた。決して侮られないよう、ロイは悪魔のように強気に振る舞ってきた。
そうして今、実績を見込まれて日本にやって来た。
ーー日本に来てから悪魔と呼ばれることもなかったからかな。
思わず過去に浸っていたロイは不敵な笑みを浮かべた。
「テオバルト、俺は変わらないよ」
そう。あの時両親の亡骸の前で誓ったのだ。
ーー絶対復讐してやる。
それまで吸血鬼を討伐し続けると。
ロイの目に殺気立ったものが光る。
それを見たテオバルトは笑った。
「そうか。日本に来て気持ちが変わったのかと思ったが、俺の思い違いだったらしい」
「ふん。人はそう簡単に変わらないさ」
「てっきり日本の奥ゆかしく慎ましく美しい奥方にメロメロになって優しくなったのかと思ったからな」
ロイは後ろで控えていたジェームズを睨みつけた。テオバルトにそんな事を話すヤツなんて限られている。しかしジェームズは知らん顔して黙り込んでいる。
「実際どんな女性なのか気になるんだよね」
「絶対言うものか」
「これから情報収集するためにも会っておいた方がいいと思うんだが」
「必要ない」
「白い肌に黒い髪の東洋美人な女性なんだろう?」
「どこまで知ってるんだ、お前は」
ロイは大きくため息をついた。情報収集に関してはテオバルトはとても優秀だ。すでに小春のことも知っていて、どこかで会っていても不思議ではない。
そんなロイの気持ちを察したのか、テオバルトは肩をすくめた。
「安心しなよ。会ったことも見たこともないからさ。椎原小春に関しては椎原家にもほとんど情報が無かったし、こっちに来ている事を知らない町民の方が多いくらいだった」
「まあ。もともと居ないような存在として扱われていたからな」
「ただあやかし達からはかなり好印象だったな」
「ああ……それは確かにそうだな」
ロイは小春が屋敷に来た時、かなりの数のあやかしを引き連れていた事を思い出した。今も小さなあやかしが屋敷の中をうろちょろしている姿をよく見かけるようになった。
「気になるのはあやかしに好かれすぎているところくらいだったな。妖怪姫とか呼ばれていたようだし」
「どういう事だ?」
テオバルトの情報にロイは眉間に皺を寄せた。テオバルトは深いため息をついて、ゆっくり口を開いた。
「実はな。あやかし達に妙な動きがあったんだ」
あやかし達が慕っていた小春が町を追い出された。そこに妙な動きがあるとすれば、理由は一つしかない。
「復讐ってやつか」
「そういう事。まああのあやかし達への対処は椎原家の役目なんだろうけどな」
ロイは今の椎原家があやかし達を抑えられるとは思えなかった。今の椎原家は、今の地位にこだわってばかりで実力が伴っていない。悪鬼の件がなかったとしても、あのままではいつか足元を掬われるのは目に見えていた。
「椎原家には勿体無い。彼女は陰陽師の中でも最高位のあやかしを使役できるんだ。その上勉強熱心なんだからな」
ロイはポツリとそう呟いた。そんなロイの様子にテオバルトはおや、と目を丸くした。
「随分評価が高いな。ロイがそこまで詳しく把握しているとは思わなかった」
「なんせ毎日小春様の修行を見に行ってますからね」
「は!?あのロイが!?」
テオバルトは思わず叫んだ。ジェームズが喋ってしまったとは言え、ロイは顔を真っ赤にした。
「だというのにいまだに小春様を呼び捨てにできず、ぐずぐず悩んでいます」
「ジェームズ!」
ジェームズはツンとしていたが、ロイの反応を見ているとどうやら図星のようだと分かる。
「いやあ……まあ、ええっとぉ……」
さすがのテオバルトも気恥ずかしくて視線を泳がせた。まさか悪魔と呼ばれたロイがこんな恋する男子になっていようとは思いもしなかった。
「俺はそろそろお暇しようかな!椎原家のことがわかったらまた連絡するよ!じゃあな!」
テオバルトは手際良く帰っていった。ロイは言葉を失ったまま、何も弁解できなかった。
ーーあいつ、逃げやがった……っ!
そうは思いつつも小春のことを考えると鼓動が速くなる。
ーー名前くらい呼べる!!
ロイは首を横に振って心の中で否定する。そんな主人の様子を見ていたジェームズはやれやれとため息をついて、鈍い主人を見守るのだった。
◆◆◆
テオバルトが帰ってからロイの仕事は忙しくなくなった。
急遽椎原家に行くことになったので、急いで仕事を終わらせねばならなくなったのだ。それと同時に椎原家への訪問の連絡と陰陽庁への根回しも必要になった。
「ロイ様、食事の時間くらいはきちんととってくださいね」
「ああ。もうそんな時間か」
執務机から顔を上げると窓の外はすっかり暗くなっていた。
両親が亡くなってからロイの食事はずっと一人だった。それに慣れてしまってからというもの、どんなに美味しい食事を食べても何も感じない。そのせいか食事をとる事を少し億劫に感じていた。しかし食べなければ生きてはいけない。
ロイは重い腰を上げてゆっくり歩き出した。
ーー今日はいつも以上に気が重いな。
過去のことを思い出してしまったから余計かもしれない。ロイは思わずため息をついた。
ーー嗚呼、面倒だ。
そう思いながら食卓の部屋の扉を開けた。
「あ。ロイ様、お疲れ様です」
そこにはいないはずの小春が待っていてくれた。
ロイは思わず呆然となってしまった。
「あの、ロイ様がいつもこの時間帯に食事されると聞いたので……ご迷惑でなければご一緒させていただきたくて……その……」
小春は少しずつ声が小さくなっていって顔を赤くして俯いていく。
そんな小春が愛おしくて仕方ない。
ロイは自然と手を伸ばして、小春を抱き寄せた。
「へ!?ロロロ、ロイ様!?」
「すまない。疲れているらしい」
「それは、大丈夫ですか?横になった方がいいのでは」
「いや」
ロイの抱きしめる力が少し強くなる。
「しばらく、このままがいい」
小春は恥ずかしくて体が熱くて仕方なかったが、離れがたくもあった。
ロイが動かないことをいい事に、小春は恐る恐るロイの背に手を伸ばした。
そして優しくロイを抱きしめ返した。


