冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 「風花」

 寺院の門を抜けると、氷室は手綱を引いて待っていた。

 「終わったか」
 「はい」

 いつもと変わらぬやり取り、でもそこには以前とは違う二人の結びつきがあった。
 風花を乗せ、氷室は手綱を引いて馬を走らせた。
 馬は走り出すと、川沿いを疾駆する。その風の心地よさに、風花は声を上げる。氷室は普段と変わらぬ表情で、行く先を見ていた。
 春の川沿いには、やわらかな陽射しが満ちている。雪解けを終えた川は穏やかに流れ、水面には青空と薄紅色の桜が揺れて映っている。岸辺には若草が芽吹き、小さな白花が風に揺れていた。
 土手道を歩く人々の足取りは軽い。子どもたちは笑いながら川辺を駆け回り、娘たちは袖を押さえながら橋を渡っていく。川風が吹くたび、桜の花びらがはらはらと舞い落ち、水面へ吸い込まれるように流れていった。
 遠くでは、水車がゆっくりと音を立てている。

 「忠頼様、どこへ向かうんですか?」
 「どこでもいい」
 「ええ……? 屋敷は反対ですよ!」

 氷室は声を立てて笑った。

 「そなたとなら、どこへでも行けるような気がしてな」

 馬は川を抜け、二人を見知らぬ土地へ連れて行く。

 「私も、忠頼様とならどこへでも行けるような気がします」

 風花も声を立てて笑う。
 馬上で微笑み合う二人の背中が遠くなっていく。――その背中を、春の陽光が柔らかく照らしていた。




《完》