冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 しかし、その時だった。再度、甲冑のこすれる音を聞いたのは。先ほどよりも比較できぬほど多い……数百の兵士たちが寺院を包囲する。――武装した黒装束の兵士たちが、東雲国の兵士を包囲したのだ。
 一瞬のできごとにより形勢逆転。黒装束の兵士たちの向ける矢の先は、東雲国の兵士全てを的確に捉えていたのだ。

 「君らが来ることは、想定通りやったわ」

 狩衣を着た男が馬上から大声で笑う。その豪奢な身なりに、一目でこの男が大将首であることがわかった。氷室は義彦に注意を向けつつ、その男に視線を向ける。

 「僕は飛鳥国の高天原雅経。君は東雲国の軍師、氷室忠頼くんやろ? いやー、あの天下の軍師も策に溺れたね。義彦くんは(おとり)。君らをこうして一網打尽にするための布石やったんやわ。まー、義彦くんは知らんかったから、氷室くんも見抜けなかったんやろ?」

 高天原は拍手をしながら目を細める。飛鳥国の兵士たちは刀を抜き、じりじりと東雲国の兵士たちににじりよる。氷室は変わらぬ表情で高天原の笑顔を見る。

 「氷室くんをここで殺せば、東雲国の戦力を大幅に削げる。氷室くん、がっかりしたわぁ。君みたいな天下の軍師も、女一人で腑抜けになってしまんやね〜。お姫さんのことばかり考えてたんと違う?」

 扇をゆらゆらとしながら、高天原はため息をついた。パッと目を見開き、扇の先を本堂に向ける。

 「――氷室忠頼の首を取れ!」

 その言葉と共に、黒装束の兵士たちは一斉に東雲国の兵士に襲いかかろうとした。その時。何回めの甲冑がこすれる音を聞いただろうか。いや、それどころではない。軍馬と共に雄叫びを上げて軍が進行してくる轟音が鳴り響く。数千の兵士たちが砂塵を撒いて駆けてくる。寺院そのものを取り囲み、兵を率いた騎馬武者たちが何人も居並んだ。
 高天原ら飛鳥国の兵士たちは、背後を見るなり騒然とする。何が起きているのかわからないといった様子で棒立ちになっていた。高天原は、思わず扇を馬上から落としてしまった。

 「嘘やん……そんなことある? ありえへん!!」

 追い詰められていた本堂側の東雲国の兵士は、槍先を飛鳥国の兵士に向け直す。更に、新しく来た東雲国の兵士たちにより、完全に包囲されていたのだ。