冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 戦勝を祝う宴の前に、論功行賞が執り行われた。将軍の座する広間には、武将が居並んでいる。
 風花は侍女に付き添われ、御簾(みす)の陰に座らされていた。
 敗国の姫に発言権などない。ただ、自らの運命が決まるのを待つのみである。

 「こたびの高津征伐(たかつせいばつ)、諸将の働きは見事であった」

 将軍の声が広間に響いた。

 「よって高津国の旧領(きゅうりょう)を分配する」

 風花の指先が震えた。――旧領。その言葉だけで胸が痛む。風花の目の前が真っ暗になり、論功行賞の声は遠くなる。
 呆然と御簾の前に佇む。走馬灯(そうまとう)のように時間はあっという間に流れていった。

 「高津国の一の姫君、こちらへ」

 ふらつく風花を侍女が支えながら、前に出る。
 老将軍は、広間で脇息(きょうそく)にもたれかかる。ゆるりと扇をあおいでいる。この老人は広大な領土を持つ東雲(しののめ)国の当主であり、全ての武将を束ねる大将軍である。

 「ほお、なんという美貌。名前はなんという?」
 「風花です……」

 声をふりしぼり、風花は肩を震わせた。

 「我が東雲(しののめ)国一の器量よしも風花には勝てまいな。その青い目はなんだ?」

 風花は視線を落とす。武将たちは戦果の品を見る目をしていた。胸が重苦しく、風花は息をしているのがやっとだ。敵の武将たちが居並び、その威圧感に、風花の身は縮こまる。
 ――故郷で死んでしまったほうが、楽だったかもしれない。
 これからどのような(はずかし)めを受けるのか、ほんの少し想像しただけで、目の前がぐるりと回転し、吐き気を催す。
 言葉につまる風花を見て、将軍近くに座していた氷室は、風花に静かに声をかけた。

 「姫君、答えよ」

 抑揚のない氷室の声が、淡々と横たわる。その声に、風花は現実に引き戻された。

 「……はい。高津(たかつ)国では……青い瞳の先住民族がいて、……母がその出身なのです」
 「ほお……これは珍しい」

 将軍は満足げに笑う。

 「では風花、何か芸はできるのか」
 「……舞なら、少し……」
 「よい。舞え」

 風花は立ち上がった。……見せ物なのね、と羞恥心に唇をかんだ。
 目前には強面(こわもて)の武将たちが居並ぶ。ここにいる者たちは皆、敵なのだ。その現実を思うたび、風花の視界は揺らいだ。しかし自害する勇気もない、反抗する気概もない。ただ流されるままに、風花は力をふりしぼって立ち上がり、腰に差していた扇を広げた。
 一歩、二歩。扇が、雪のようにひらめく。風花は目を伏せながら扇をかざしながら、畳を踏んだ。
 武者たちの目の色が変わる。

 「……天女か」
 「これは……なんと見事な」
 「いや、俺が——」

 ざわめきが走る。将軍は高らかに笑う。

 「これは……恩賞(おんしょう)にちょうどよいのう……」

 将軍の視線が、ただ一人に向く。

 「こたびの戦で軍奉行を務めた軍師、氷室忠頼(ひむろただより)。そなたに褒美として遣わそう。側室(そくしつ)として迎えよ」

 氷室は微動だにしない。褒美――というのは風花自身のことを指していると気づいた時には、氷室は平伏していた。

 「は……。かたじけなき幸せに存じます」

 その抑揚のない声は事務的で、喜んでいるとも、嫌っているとも判断のつかないものだ。まるで最初から、その言葉を予期していたかのように淡々と受け入れた。
 風花は、この男の妻になるという事実をつきつけられ、視界がぐるりと回転する。強いめまいを覚えて、身体はふらつき畳に手をついた。侍女がとっさに風花の身体を支える。

 冷徹な軍師への褒美。

 側室――この(ひと)の女になる。

 これから自分の身の上に起きる婚姻に、風花は気を失いかける。
 しかし、氷室がひと回りほどの年上で若いこと。下卑(げび)た雰囲気ではないこと。野蛮(やばん)ではないこと。……そういった事実が、ほんの少しだけ風花の背中を後押ししていた。