冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 山の上に築かれた城は、朝靄の中から静かに姿を現した。
 幾重にも重なる白壁に、黒く反り上がった瓦屋根。天へ伸びるような天守閣(てんしゅかく)。まるで巨大な(ワシ)が翼を広げているかのようだった。高く積み上げられた石垣は切り立ち、容易には近づけない。城を囲む堀には冷たい水が満ち、朝日を受けて鈍く光っている。城門には武装した兵たちが並び、槍先が光を反射してる。幾重にも張り巡らされた曲輪(くるわ)。迷路のように折れ曲がる通路。敵を惑わせるための狭間や石落とし。美しさと同時に、その城は巨大な要塞でもある。
 城下町から見上げれば、その城の威容はまさしく畏怖(いふ)の象徴だった。そして今、その城へ戦利品の一つとして連行されているのは自分だった。

 ここが、敵国――東雲(しののめ)国の城……軍の一行の中、風花は馬上からその城を見上げていた。自ら手綱を取ることは許されず、馬子(まこ)が馬を引いている。
 帰陣の合図に、法螺貝(ほらがい)の音が鳴り響いた。
 これからどうなってしまうのだろう――風花は肩を小刻みに震わせ、顔を青ざめさせる。再びめまいで視界が回転する。
  軍師の氷室は視線を風花に向けた。

 「疲労が蓄積しているようだな」

 風花は、先ほどからめまいと吐き気、軽い頭痛に襲われていた。衝撃と慣れない緊張。絶望と悔恨、羞恥心が言葉を通してではなく、身体の不調を通して訴えかけてきている。疲労のせいだけではない。
 刻一刻と城内に近づくたびに、風花は気分の不快さに奥歯をかみしめた。もう生きて故郷へ帰ることは叶わないかもしれない。

 「少し、水を飲むといい」

 氷室は竹筒を手渡すと、風花は戸惑いながらも竹筒に入った水を口に含んだ。清涼感が喉元を過ぎる。熱を帯びた身体に、冷水が胃袋へ流れていくのを感じる。風花は、ほんの少し安堵の息をついた。

 「姫君、具合はどうだ」
 「ちょっと、気分が優れなくて……」

 淡々と訊く氷室は、冷めた瞳をしていた。もう一つの竹筒を風花に手渡す。風花は今持っている竹筒の水をひと息に飲み干すと、新しい竹筒に手を伸ばした。

 「後で、少し休め。論功行賞までの間、部屋を用意する。そこで横になれ」

 そう言って手綱を引き、氷室の馬は風花の馬と並走していた。馬上の氷室の横顔は凛としたまま行く先に目を向けている。風花には、先ほどの言葉が個人的な情けには見えなかった。たた、彼は戦利品の状態を確認しているようだった。