戦利品の花嫁〜冷徹軍師は敗国姫を手放さない〜

 風花は直垂を新しく作り直していた。
 氷室はまた屋敷を空け、泊まり込みで将軍に仕えている。
 ずっと部屋にいるだけで外出もできない。たまと颯手も深い話はしようとはしてくれない。

 「気が滅入るわ……」

 針仕事をして、少し休み、また針仕事をする。その繰り返しだった。こういう日常があと何年も続くのかと思うとめまいがしてくる。

 「だめだめ、平和なだけでも幸せだと思わなくては……」

 いつまでも暗くてはいけない。
 戦乱の世、何が起きてもおかしくはない。小さな頃から、それは嫌と言うほど見てきた。

 (私は敵国で恵まれた生活をしているのだから……)

 風花の部屋――側室の部屋は、屋敷の離れにある。
  白壁に囲まれた渡り廊下の先。そこだけは外の喧騒から切り離されたように静かで、空気さえひんやりとしている。

 (東雲国は豊かな国で、高津の頃より、華やかな暮らしかもしれない……)

 小机には白粉(おしろい)紅紙(べにがみ)が並ぶ。舶来の紅は、薄桃色から深紅までとりそろえてある。

 (こんな化粧品も、見たことはなかったわ)

 障子を開ければ、小さな庭が広がっていた。丸く刈り込まれた木々。白砂に、苔むした石灯籠(いしどうろう)。美しく整えられた庭だった。――けれど、高い塀の向こうは決して見えない。

 (まるで……ここから出られないみたい。それに、護衛や侍女がずっと私のことを監視しているような気がして……)

 風花は、氷室から丁重に扱われている。

 (氷室様は不在なのに、なんとなく私のことなら何でも察しているし)

 氷室が不在でも、常に彼の気配を感じてしまう。

 「氷室様は、心配性なのかもしれないわ。外出も、人との交流も許してはくれないし……」

 ここは敵国。
 滅亡した国の姫が外出することは危険を伴う。
 人との交流も、高津を恨む者から心ない言葉をかけられる可能性がある。

 (氷室様は私のためを思って、こうしてここへ閉じ込めてるんだわ)

 自分の気持ちが上手く言えないと、彼自身も告白したではないか。

 「氷室様の側室で、良かった……」

 ――風花。

 彼の抑揚のない声が頭の中によみがえる。
 氷室のような物静かで清潔感のある美丈夫――しかも夜の心配もない男。
 これは、高津国で政略結婚したとしても巡り合うのは難しい。高津では、風花の嫌悪する従兄弟との縁談話が出ていた。

 ――風花、こちらへ。

 彼の端正な横顔。
 風花はほんの少しだけ顔を赤らめさせる。
 氷室は美丈夫(びじょうぶ)だ。すらりとした体躯(たいく)に長い手足。目を伏せた時の長い睫毛。

 (良い香りもするし……)

 聡明な瞳に見透かされるたびに、胸は不用意に高鳴ってしまう。鋭利な視線を向けられると、身動きがとれない心地になってしまうのだ。 

 (しかも、やっぱり……お優しいところがあるし……)

 風花は針を動かす手を止める。

 (なぜ、ああも不器用な態度を取られるのでしょう? もっと自分に素直になればよいのに)

 氷室から頼まれていたことを思い出す。

 ――自分の気持ちがうまく言えない、言うためには、どうしたら良いのか。

 常に無表情で、無口。少しの緩みも見えない。一度だけ激昂したことはあったが、普段は感情がほとんど表に出ず、淡々としている。

 (あの日、「駄目だ!!」って怒っていたのも、自分の気持ちをうまく言えなかったからなのでしょうか)

 うまく言葉にできないもどかしさが、怒りというかたちで表れたのかもしれない。

 (それにしても……)

 風花は、小首をかしげた。
  しかし腑に落ちない。
 この国に来てからずっと氷室のことばかり考えているのに結局よくわからない。氷室と距離が縮まるたびに少しわかったような気になるがそれも釈然としない。
 もちろん、彼自身に彼のことを聞いても答えはない。この屋敷に長く仕えるたまや颯手も、氷室の話題になると、どこか口を濁してしまう。まるで禁止されているかのように足早に去っていってしまうのだ。
 氷室のことを考え続けてしまう。まるでぬかるみに足を取られように、思考が深みにはまっている。

 (それに私、そもそも男性のこと自体がよくわからないからかもしれません)

 風花は、父と兄上くらいしか知らない。それは成人女性は家族以外の男性の前に顔を出してはいけないしきたりがあったからだ。
 風花はそう思うと、高津国での日々が脳裏によみがえった。