冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 夏の昼下がり、氷室は都の調査を終わらせると、ほんの少しだけ屋敷に立ち寄った。常に冷静な氷室が、今日はやけに急いでいた。
 側室の部屋へ直行すると、そこには暑さからか、しどけなく襟を開けた風花がいた。
 氷室と目が合うと、風花は笑顔になる。

 「お帰りなさいませ」

 あらわになった白い肌はしっとりと汗ばんでおり、暑さのせいか、風花の頬は紅潮していた。
 その手には針があり、氷室の言いつけ通り衣を健気に仕立てているようだ。
 青い瞳は再会を喜んでいる。

 「……」
 「お久しぶりです、氷室様。お元気でしたか? 約束した直垂、仕上がりそうなんですよ」

 笑顔で衣を広げる。氷室は、黙ったまま風花の首筋を見つめていた。
 艷やかな鎖骨やなだらかな肩は、風花の女らしさを際立たせている。硬直する氷室を、風花は困った顔で見た。――また……無表情のまま私の顔を見て。会いにきたわけじゃないのと。
 氷室は返答もできぬまま、片手で口元を覆った。わずかに呼吸が乱れている。
 風花は気づかない。ただ氷室が、いつも以上に無口なのだと思った。

 「駄目だ!!」

 初めて激昂する氷室に、風花は目を丸くする。

 「……どうされましたか?」

 氷室は、風花にそっけなく背を向けた。
 直垂の仕立て具合が良くなかったのだと、風花は理解した。――誰がどう見ても良い仕上がり具合なのに、なぜと口走りそうになる。
 氷室は苛立っていた。再会を喜んでいた風花の顔は色を失う。

 氷室は足早に屋敷を後にした。
 氷室は乱れた呼吸を隠すように袖口を握りしめた。あのまま同じ部屋にいれば、自制が利かなくなる。そんな感覚は、これまでの人生で一度もなかった。
 氷室は、立ち止まり、先ほどの風花を回想した。
 ――得たい。
 感情に支配され、心を統制できない。
 氷室の脳裏で風花を自分の思い通りに得た姿を想像する。
 ――風花は床に横たわっていた。彼女の腕を強引に掴んで押さえつける。乱れた呼吸、乱れた襟元。白く華奢な首元は、荒い呼吸のせいか上下している。汗ばんだこめかみ。涙をこらえる青い瞳は、氷室を懇願して見上げている。氷室は彼女の首筋に口を押し当て、舌を這わせる。

 「これは……良くないな」

 氷室は頭を抑えながら、深いため息をついた。

 「こんな状況で、私は何を考えていた……?」

 興奮が氷室の喉を鳴らす。