ここ半月、氷室は屋敷に帰らなかった。
何でも物騒な騒ぎが起きて、氷室は城に泊まり込みで仕えているという。
(なんて暑さ……生まれてはじめてだわ)
風花は、東雲国の夏の暑さを縁側でしのぎながら、ぼんやり入道雲を見上げた。
さみしいという言葉がふさわしいわけではないけれど、どこか物足りなさを感じる。どれだけ多忙でも、それなりに顔を合わせていたからか、心にぽっかり穴が空いたようだ。
氷室は特に何かをしたり、気の利いた言葉をかけてくれるわけではないけれど、同じ屋根の下にいると思うと、なんとなく心強い気持ちになっていたのだ。
(氷室様……お元気でいらっしゃいますか?)
冬からは西に遠征で半年ほど帰らないと聞いている。東雲国はまた新たな国と戦争をはじめるらしい。
(冬、戦に行かれてしまうのは、少し……不安だわ)
風花は詳細は聞いてはいないが、屋敷の雰囲気も少しずつ張り詰めている。
東雲国は強大な軍事国家で、一年の大半は戦争をしている。そのせいか戦争をしていない期間は、世の中がより緩んだ空気になるようだ。風花がここへ来て過ごしていた間は、穏やかな空気が流れていたから。
(あぁ……)
完成目前の直垂をぎゅっと握りしめる。ここで一人、手を動かしてるだけだけの風花。……考えることも他にないから、こうして思考は氷室や不安な事柄に巡らしてしまう。ただでさえ故郷を失って間もないので、思考は良くない方へ傾いていく。
(どうして、こうも……不安になるのかしら……)
風花はそれを断ち切るように、息を吐いた。気がつくと呼吸が浅くなっていることが増えている。呼吸がゼェゼェと苦しくなって、息がつまり倒れそうなところを、侍女に助けられたこともある。
(もう何も失わず、静かに生きられたら……)
汗がしたたり落ちる。東雲国の日差しに慣れていないせいか、目がチカチカする。――そういえば、雪を見ていない。
(高津は年中寒かったからな……東雲はほとんど雪も降らないのね。環境にも、慣れてないせいもあるわよね……)
この国の環境。気候だけではない。
戦争の多い国の武士の妻になってしまったこと。これから始まる新しい冬からの遠征、戦争。氷室の出陣を、風花は良くは思っていない。
――戦乱の世の女は、夫が死ぬたびに敵の男の妻になることもあるからだ。
思考を遮るように、直垂を仕立てている反物に針を刺した。
(私は、氷室様で良かったと思うんです……敵の軍師だけど特に乱暴なことはされていませんし……それに)
端正な横顔が、風花の目の裏に焼き付いている。
(……氷室様は、少しお優しいところもある)
遠くで蝉が鳴いていた。夏の風はぬるく、縁側に置いた水差しの水面だけが静かに揺れている。
風花は針を持つ手を止め、小さく息をついた。
(……早く帰ってきてほしい、氷室様に会いたい)
何でも物騒な騒ぎが起きて、氷室は城に泊まり込みで仕えているという。
(なんて暑さ……生まれてはじめてだわ)
風花は、東雲国の夏の暑さを縁側でしのぎながら、ぼんやり入道雲を見上げた。
さみしいという言葉がふさわしいわけではないけれど、どこか物足りなさを感じる。どれだけ多忙でも、それなりに顔を合わせていたからか、心にぽっかり穴が空いたようだ。
氷室は特に何かをしたり、気の利いた言葉をかけてくれるわけではないけれど、同じ屋根の下にいると思うと、なんとなく心強い気持ちになっていたのだ。
(氷室様……お元気でいらっしゃいますか?)
冬からは西に遠征で半年ほど帰らないと聞いている。東雲国はまた新たな国と戦争をはじめるらしい。
(冬、戦に行かれてしまうのは、少し……不安だわ)
風花は詳細は聞いてはいないが、屋敷の雰囲気も少しずつ張り詰めている。
東雲国は強大な軍事国家で、一年の大半は戦争をしている。そのせいか戦争をしていない期間は、世の中がより緩んだ空気になるようだ。風花がここへ来て過ごしていた間は、穏やかな空気が流れていたから。
(あぁ……)
完成目前の直垂をぎゅっと握りしめる。ここで一人、手を動かしてるだけだけの風花。……考えることも他にないから、こうして思考は氷室や不安な事柄に巡らしてしまう。ただでさえ故郷を失って間もないので、思考は良くない方へ傾いていく。
(どうして、こうも……不安になるのかしら……)
風花はそれを断ち切るように、息を吐いた。気がつくと呼吸が浅くなっていることが増えている。呼吸がゼェゼェと苦しくなって、息がつまり倒れそうなところを、侍女に助けられたこともある。
(もう何も失わず、静かに生きられたら……)
汗がしたたり落ちる。東雲国の日差しに慣れていないせいか、目がチカチカする。――そういえば、雪を見ていない。
(高津は年中寒かったからな……東雲はほとんど雪も降らないのね。環境にも、慣れてないせいもあるわよね……)
この国の環境。気候だけではない。
戦争の多い国の武士の妻になってしまったこと。これから始まる新しい冬からの遠征、戦争。氷室の出陣を、風花は良くは思っていない。
――戦乱の世の女は、夫が死ぬたびに敵の男の妻になることもあるからだ。
思考を遮るように、直垂を仕立てている反物に針を刺した。
(私は、氷室様で良かったと思うんです……敵の軍師だけど特に乱暴なことはされていませんし……それに)
端正な横顔が、風花の目の裏に焼き付いている。
(……氷室様は、少しお優しいところもある)
遠くで蝉が鳴いていた。夏の風はぬるく、縁側に置いた水差しの水面だけが静かに揺れている。
風花は針を持つ手を止め、小さく息をついた。
(……早く帰ってきてほしい、氷室様に会いたい)
