冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 幾重もの城門を抜けた先に、中庭は広がっていた。
 白壁に囲まれた空間は静まり返り、外の城下町の喧騒が嘘のように遠い。足元には白砂が敷き詰められ、飛び石が整然と渡されている。 巨大な石垣が空高くそびえ、その上には幾重にも櫓が連なっている。中庭の端には松が植えられ、 枝ぶりは見事に整えられている。
 そこで――氷室と石流は相対していた。
 軍師の印象の強い氷室が木刀を握る様は、皆、釘付けになっていた。
 中庭の見える上座で、禍津は脇息にもたれかかる。

 「こ、これは……氷室殿、かなうまい」
 「何せ、あの石流だ」
 「そうだ、戦で首級を上げた数では右に出る者はいない」

 武士たちの噂をよそに、二人の手合わせははじまった。

 「よお、軍師殿。手加減しねーからな」

 石流が木刀を振り上げると、その一刀を氷室は受け止めた。

 「少しはやるじゃねーか! 楽しませろよ」

 石流の一振り、二振りは的確に氷室の急所をねらう。氷室は冷静にそれを受け止めていた。
 観戦者たちは歓声を上げる。 

 「あの軍師殿、剣の扱いにも長けているではないか!」

 その言葉を聞き、禍津は扇をひらめかせる。

 「なにを言っておる。あれはそっちが本領じゃ」

 氷室は一つの隙も見せず、石流の刀をはらいのける。

 「な、なんだ……コイツ……」

 石流の呼吸が乱れ、汗が落ちる。

 「でもこれで終わりだ!! これは受け止められねーだろ!!」

 石流は、足場の砂を踏んで滑る。それでも、木刀を大きくふりかぶりながら突進した。呼吸一つ乱れていない氷室は、その一刀をかわした。

 「――終わりだ」

 大きく体勢を崩した石流は、頭上に立ちはだかった氷室を見た。それにコイツ……本当にあの軍師かよ!!と、石流が目を伏せた時には、みぞおちに衝撃が走った。
 中庭には、砂だけが風に流れた。
 試合を見ていた侍女たちは、ひそかに黄色い悲鳴をあげていた。

 「軍師様……!」
 「頭が良いだけじゃなくて、腕も立つなんて」

 うっとりする侍女たちは、氷室の端正な顔を凝視した。

 「しかも、かっこいい……」

 チラッと氷室と目が合うと、侍女たちはたじろいだ。

 「実は……」
 「え、何々?」

 「数年前、片想いしてる人がいて、正妻を迎える話も断ったそうよ」

 「えー!? 本当!?」
 「うん。高津国との本格的な戦いの1、2年前かしら。縁談を一蹴したって……片想いしてる人以外考えられないって」

 再び侍女たちは、うっとりする。

 「どんなお方なのかしら……」

 氷室は、打ち据えた石流を見下しながら言った。

 「約束は、覚えてるか?」
 「わかったよ!!」

 自分の肩についた砂塵を、氷室は手で払った。

 「次に私の妻を愚弄してみろ」

 横たわる石流の頭上に木刀を向けた。

 「二度目はない」

 冷酷な視線に、石流は身震いした。

 「わ、わかったよ……」

 氷室は音もなく辞去して行った。