冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 風花は無表情のまま、舞を終えた。

 「う、美しい……」

 あの日の出来事――氷室は風花との出会いを思い出して、その舞を見ていた。目の前には、禍津とその重臣たちが控えている。

 「これは……、軍師殿が羨ましいかぎりだ……」

 感嘆の声をもらす男たちの前で、風花は平伏した。

 「高津の姫、下がってよいぞ」

 禍津の命令に、風花は静かに辞去する。禍津も、満足したのか氷室邸を後にした。

 「さて、良い余興となった。ワシらも軍議に戻るかのう……また気詰まりな時は高津の姫の舞を見ようぞ、いいな?」

 氷室が深い息を吐き、将軍一行の後ろへ戻った時だった。

 「おい、軍師殿」

 氷室と同い年くらいの青年――日に焼けた肌の、筋骨隆々とした武士が、氷室に耳打ちした。

 「軍師殿の細腕で、風花ちゃんは満足しているのか?」

 氷室は舌打ちする。

 「石流(いしごおり)……」

 石流は腰の二刀を鳴らしながら笑った。石流隆明(いしごおりたかあき)は、氷室の同輩だ。武家の名門の出で、上げた首級の数は知らない。豪胆な性格で無類の戦好き。氷室とは真反対で、戦略も奸計(かんけい)もはからずに、武芸で戦う。兵士の中に自らも入り、戦場に自ら出て一騎打ちをしかけるのが得意だった。

 「はぁ~俺なら毎夜抱き潰すねえ……」
 「……」

 将軍一行の最後尾で、二人は並んで歩く。得意とするものが正反対の二人は、自然と同じ任務をすることも多い。二人の仲は良くなかったが、氷室が唯一口を多く開く相手だった。

 「こんなヤワな男に抱かれても、風花ちゃんは満たされない……ッ痛ぇ!!」
 「すまない、足を踏んでしまったようだ」 
 「ぜってーわざとだろ!!」

 氷室は冷酷な瞳で石流を見やった。

 「黙れ」

 石流は、氷室の端正な横顔をのぞきこんだ。

 「よく言うぜ〜 …武士のくせに敵と真正面から戦いもしねぇくせに」

 氷室は舌打ちすると、足早に歩いた。
 石流の決まり文句。氷室に幾度となく「武士のくせに」と文句を言って来た。軍師という役割上、最前線に出て戦うことはほとんどない。軍奉行も指示を出していたばかりで、自ら刀を持って敵を斬ったことはなかった。武士だが刀や弓矢では戦わない氷室を、石流はいつも見下していたのだ。

 「ふん、その細腕じゃ女一人満足させられねえしな」

 いつも挑発に乗らない氷室が、鬼のような形相でふりかえる。

 「では、やろう」
 「あ?」

 氷室は手に刀をかけた。

 「私と手合わせしようではないか」

 しばらく沈黙が流れたが、ややあって石流は腹を抱えて笑った。

 「マジかよ!! この国一番の剣豪の俺と手合わせ!?」

 その大声に、禍津と他の重臣はふりかえる。

 「戦わずして勝つのが信条の軍師殿が刀を握るなんて!!」

 石流は大爆笑していた。

 「……じゃあ、俺が勝ったら姫と一晩過ごさせてくれよ」

 周囲が空気を察し、静まり返る。氷室は冷えた瞳で石流を見た。

 「私が勝ったら――」

 怜悧な言葉が二人の間に打ち込まれた。

 「二度と私の妻の名を口にするな」

 その語気は怒りに満ちていた。