冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 「やめよ」

 同時に、一人の男の声が響いた。低く落ちたその声に、場の空気が凍りついた。まるで、この空間が彼によって支配されてしまったかのようだ。

 「軍師(ぐんし)……氷室(ひむろ)殿!?」

 現れた瞬間、打たれたように室内が静まり返った。陣羽織(じんばおり)を着た甲冑姿の武者が家来を連れて音もなく佇んでいた。それは冬の霜柱(しもばしら)のような静謐(せいひつ)さをまとっている。彼の周りを取り囲む冷気に、辺りが()てつく。

 「な、なぜ最前線に……!?」

 氷室は兵士を見据える。(かぶと)の下の面頬(めんぽう)――目元まで覆った仮面の上の瞳は微動だにしない。静寂の後、ややあって短く言った。

 「――下がれ」

 氷室が軍配(ぐんばい)を振り上げると、兵士たちは一糸乱れぬ動きで平伏した。たちまち歩を並べて辞去した。
 氷室は、風花の元へ音もなく歩み寄る。風花の肩は小刻みに震えていた。顔は青ざめており、唇は紫色に染まっている。

 「こちらへ」

 淡々とした、抑揚のない声。

 「失礼する」

 氷室は風花を抱きかかえると、静かに歩き出した。――ほのかに温かな体温が風花の身体を包み込む。風花は身体を硬直させ、呼吸を忘れた。氷室の衣から、わずかに香の匂いに気づいた。風雅な香りが風花の鼻腔をくすぐる。

 氷室に抱えられたまま、風花の瞳には陥落した城の景色が映った。
 敵に落とされた城は、まるで息絶えた獣のように沈黙して横たわっている。腐臭を帯びた黒煙が立ち昇り、漂っていた。焼け落ちた瓦屋根(かわらやね)は無残に崩れている。白壁には無数の矢傷と火縄銃の銃弾の痕が生々しく浮かぶ。焼け焦げた家屋の灰が、風が吹くたびに舞い上がっていった。ここで生まれ、育った風花の思い出の景色は灰色に塗り替えられている。絶望と驚愕に、気持ちが追いつかない。ただ一筋の涙が頬を伝い落ちた。

 (嘘だわ……こんな日がくるなんて――)

 城門は破られ、砕けた木片と血に濡れた旗指物(はたさしもの)が泥の中へ転がっている。かつて武士たちの号令が響いた城内には、今は風の音しかなく、沈黙が広がるばかりだ。北国の冷風が吹くたび、焼け残った(はた)がぼろぼろと揺れ、城の柱が(きし)む音がすすり泣くように聞こえた。
 石段には血痕が残り、討ち死にした無数の兵たちが人形のように転がっていた。兵たちが最後まで立て籠もった本丸(ほんまる)は半ば焼け落ち、薄い煙が遠く雲の果てまで立ちのぼっている。
 遠くで、(カラス)の鳴き声がした。死肉をついばんだ烏は、空を円を描きながら飛んでいる。烏は、敵軍の旗の上で、羽を休めた。――敵軍の旗が、波のようにはためいているのが、風花の目に焼きついた。