冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 老将軍の氷室邸への渡御(とぎょ)は唐突に行われた。
 城内で軍議をしていた最中、突飛に老将軍が氷室に提案したのだ。老将軍――東雲国の当主・禍津元伯(まかつげんぱく)は、思いつきで行動するため、家臣を困らせることが多い。

 「高津の姫とはうまくやってるか?」

 氷室が眉をつり上げ、いぶかしげに禍津を見る。

 「は、左様ですが」

 上座の禍津は脇息にもたれかかった。氷室へ、扇をひらりと指し示す。

 「姫は息災か?」

 「……はい」

 本当は、そうでもないことを氷室は黙って首を縦にふる。

 「おお、子はまだかの?」

 禍津の無邪気な質問に、氷室は息を吐く。氷室はかしこまったまま視線を上げなかった。禍津は、口角を上げる。

 「そなたがあらかじめ望んだ高津の戦の褒美ではないか……」

 氷室は静かに視線を上げる。

 「ワシに裏で提案してきたではないか。あの大戦(おおいくさ)がはじまる前『褒美として姫を与えてくださいませ』とな」

 氷室は目を伏せた。――あの戦で、自ら軍奉行(いくさぶぎょう)を名乗り出た日のことを思い出す。

 「子の一つも孕ませられぬのか? 何をしておる? そなたも男じゃろう?」
 「今はまだ、その時分ではなく……」

 氷室は咳払いした。禍津は語気を強める。

 「なんじゃ?! まさか女子も戦略で落とそうとしておるのか!? そなたという男は……」

 高笑いする禍津から、氷室は目を離した。

 「戯れが過ぎます」
 「おお、悪い悪い。そなたのような軍師が女子とどんな夜を過ごすか気になってのう」

 無慈悲で狡猾(こうかつ)な策略で、敵を絡め取る軍師――冷徹な男の胸の奥に、どんな熱い想いがあるのか。禍津は目を輝かせていた。

 「そうじゃ、舞わせてみよ」
 「は……」

 眉に皺を寄せる氷室に、禍津は命令した。

 「今ここで、高津の姫の舞が見たい」

 氷室はしばらくして礼をする。

 「……仰せの通りに」

 その横顔は、凍りついていた。