冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 しんしんと雪が降り積もっていた。
 北国には、果てのない雪景色が広がっていた。空は鉛色に閉ざされ、冷えきった風が白雪を巻き上げながら荒野を吹き抜けていく。
 深い山々は雪を抱き、針葉樹の森は静かに凍りついている。枝には重たい雪が積もり、風が吹くたび、さらさらと白粉のような雪が舞い落ちた。

 「兄上、これは私の雪うさぎ」
 「おお〜風花、上手だな」

 あどけない妹――風花の笑顔につられて、ひと回り年上の兄は笑う。風花の小さな手の平には、雪で作ったうさぎがちょこんとのっかっていた。
 毛皮をまとい、藁靴を履いた風花は、鼻を赤くしながら城の庭を駆け回る。高津の国にいた時、風花は城の中を自由に行き来して遊んでいた。今日は城の東の曲輪(くるわ)で遊んでいる。
 風花は雪うさぎを数え切れないほど作り、それを、円を描くように並べていた。雪うさぎ作りに飽きてしまった風花は、白銀の大地を駆け回っては、甲高い笑い声を上げている。

 「おい、風花! 家来の分も作れ!」

 北部の高津国では、雪が降るたび子どもたちは雪うさぎを作る。――それは平和の祈りを込めて家族分作られた。
 無邪気な風花は、雪を丸めて兄に投げつけた。

 「兄上〜! そんなことより! 雪合戦しましょ!」

 青い瞳は白い雪の中で、いっそう冴えて見えた。やれやれと兄はため息をついた。

 「しかたないな、父上には秘密だぞ」

 まだ幼さの残る青年が雪を丸めてふりかぶる。――その時、唐突に大きな影が兄に覆いかぶさった。兄は目を見開き、ふりかえる。

 「誰に秘密だって?」
 「父上ー!」
 「全く、これだからお前らは……」

 熊の毛皮をまとった大男は、豪快に笑った。頬に大きな傷跡があり、笑うたびにそれが波打つ。

 「風花よ、おいで」
 「はあい」

 太い腕にちょこんと抱かれた少女の青い瞳を、父はのぞき見た。

 「お前には特別な力がある」
 「え? 兄上は?」
 「お前の亡き母ゆずりの力じゃ。この青い瞳も、その力も……」
 「そうなの? 父上?」
 「そうじゃ。お前が平和を願えば必ず叶う」

 そう言って父は、豪快にまた笑った。父は高津の国の民から慕われ、愛されている。そんな父を、風花は誇りに思っていた。質実剛健で、真っ直ぐな父。結婚するならば、父のような武人と結婚したいと夢を見ていた。

 「この高津の国の平和も……お前にかかっておるのかもしれんな」

 風花もつられてはにかむ。この国の姫として生まれて、本当に幸せだった。父と、腹違いの兄。二人から一心に愛され、守られて、不安を感じたことなんて一度もなかったのだから。

 「うん! じゃあ作るね! 雪うさぎ! たくさん作るよ、みんなの平和を祈って!」

 少女の頬がぽっと赤く染まった。

 ――この国の姫として生まれ育ち、風花は苦労や苦悩も知らなかった。風花が微笑めば、皆は自然と笑顔になる。風花が悲しめば、皆も顔色を曇らせる。城を歩けば姫様と呼ばれ、(かご)に乗って街に出れば、民たちは平伏する。
  風花は父の言葉を、真実だと思って疑わなかった――私には特別な力があって、平和を祈れば、高津は平和になる。だから、雪うさぎさえ作っていれば、この国は安泰でいられるのだと。
 風花は、幼すぎたのだ。何もかも全てに守られ、愛され、真実から遠ざけさせられてきた。この国の平和も、血を流す誰かの犠牲によって成り立ってきたのだと知ることもできなかった。いや、知る必要もなかったのかもしれない。堅牢な城の中、守られた空間の中で、彼女の世界は完結していたのだから。