冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 「なかなか様になってきたな」

 二人は縁側に座って刺繍の続きをしていた。夕陽が細く長い影を作っている。
 氷室の手さばきを真似、風花は同じように針を刺す。精緻な文様は、彼と同じもの。

 「こう、ですか……?」
 「そうだ」

 唐突に手を止められた。

 「……待て」
 「え?」

 風花の白い顔は強張る。

 「な、何か間違えてしまいましたか?」

 眉一つ動かさず、軍師は指さす。

 「ここの色は、これではない」
 「で、では何色を……?」

 ふう、と氷室はため息をつく。

 「自分で考えよ」
 「は、はい……」

 白い糸から青い糸に替えると、風花は氷室の顔をじっと見た。二人の視線は合わさったまま、少しも動かない。ややあって彼は少し安らかな目をした。

 (良かった……氷室様はこれで良いみたい)

 風花が胸をなでおろす。どうやら彼の基準に合ったらしい。この色でいい。氷室様がそう判断したのだから……と、胸の中に深く沈むような安心感が広がる。風花はすがるように彼を見上げた。

 「……今日は長い時間教えてくださり、ありがとうございました」

 軍師の衣に刺繍を施していく。――それが風花のこれからの仕事だった。

 「氷室様のご期待にそえるように、尽力しますね」

 風花は口角をつり上げる。氷室はその瞳をくまなく見つめた。

 「そのうち、反物から仕立てて……刺繍をほどこし、氷室様が好む衣を私で作れたらなと思います」

 彼女とは裏腹に、彼は静かに首を縦にふる。夕陽は沈み、二人の影は溶けて消える。

 (なんだろう……胸の奥が重たい)

 風花の胸がチクリと刺していた。――この感じ……疲れたのかしら。いいえ、と風花は首を横にふった。ここずっと続いている心身の不調のせいにちがいないと、思考を止めた。