冷徹軍師は敗国姫を手放さない

 断末魔(だんまつま)がどこからともなく聞こえてくる。やがて、何かが崩れ落ちる轟音(ごうおん)が響く。天井からぱらぱらと(ほこり)が落ちた。
 城が燃えている。鼻を刺すような煙の匂いが、廊下の奥からゆっくりと流れ込んでくる。木が焼ける()ぜ音が、次第に近づいていた。柱の向こうでは、赤々とした火が障子越しに揺らめいている。
 ――城の最奥の部屋。部屋の隅に置かれた几帳(きちょう)の後ろで、女はじっと身をひそめていた。

 「……もう、終わりですね」

 女が少し俯くと、漆黒の長い髪は床に落ち、絹糸のようにサラサラと揺らめいた。

 「風花(かざはな)様、なりません。今すぐ助けが来ます」
 「……ばあや、もう良いのです……ここで死んだほうがいいのです……なんて儚い夢のようだわ……」

 風花の涙が頬を伝う。――空のように輝く碧眼(へきがん)
 甲冑(かっちゅう)の音が、すぐそこまで迫っている。
 風花は、短剣を握る指に力を込める。しかし、それさえも自分の意思なのか分からなかった。父が死ねと言うなら死んだだろう。兄が生きろと言うなら生きただろう。自分で何かを選んだことなど、一度もなかったのだから。

 「風花様、必ず助けが馳せ参じます。それまでどうかお気を強く持ってください」

 ばあやは風花の短剣をぐっと押しとどめる。――足音が迫る。もう、こんなところまで……と風花は目の前が真っ暗になる。
 必ず勝利を手にし、ここへ帰ってくる……それが父の最期の言葉だったのだ。だが、その約束は果たされなかった。父は死んだ。兄もどこにいるのかわからない。国も城も燃えている。自分だけが生き残って何になるのだろう。

 「姫はいるか!!」
 「どこだ!! 出てこい!!」

 足音が止まり、静寂が流れる。風花は息をするのも忘れて身を固くする。小刻みに肩が震え、今にも息を漏らしてしまいそうだった。

 「――ここだな!! 見つけ出したぞ!!」

 目前を覆っていた几帳は乱暴にはねのけられる。甲冑の音が一斉に鳴り響く。瞬く間に大勢の兵士に取り囲まれた。汗と血にまみれた兵士たちの生臭い匂いが立ち込める。

 「この国の姫はお前だな!?」
 「聞いていた話と違わぬ瞳の色だ、おそらく間違いないぞ!!」

 風花の片腕が強くねじ伏せられた。

 「しっかり押さえろ!!」
 「邪魔をするな!!」

 ばあやの身体が崩れ落ちるのが、風花の目に映った。