「まさかお前はあの大英雄の血筋たる!」
「そうだ、我が名はロメンナ。この呪いを解くべく……」
蛍光ペンで黄色くなったセリフを、座ったままで読んでいく。皆が棒読みでセリフを言う中、俺は何とか釣られないようにと演技を乗せたセリフ回しをしていく。
はじめての台本読み合わせだというのに、教室にはどこか浮かれた空気が漂っていた。
無理もない。通知表も配られて、今日から夏休みというタイミングなのだ。野球部の富樫が、夏休み前には一度台本読み合わせをしよう、と提案してくれて、こうして皆が足止めをくらって練習しているというだけだ。
渉が「なんと! 奇妙な呪いじゃ!」と芝居ががったセリフを叫んだ。感情を乗せるのはいいが、演技が非常にわざとらしい。
本当であれば「なんと!」のセリフを言うはずだった山本は、あれから学校に来ていない。期末テストだけは別室で受けたと聞いたが、誰も姿を見ていない。山本と同じ生徒会に入っているクラスメイトも、どこか元気のない様子で、山本のことは語りたがらなかった。
少しだけ空気が変わったのは、ヴァルゲインのセリフが響いた瞬間だ。
「ロメンナよ! 仲間もおらず、呪いを受けた足では歩けまい!」
教室に野太い声が響いた。ヴァルゲイン役の、富樫の声だ。迫力もあって演技も上手い。まさにラスボスとも言える貫禄だ。俺も「まだ道はある!」とセリフで応戦してみるが、恥が勝って棒読みになってしまったので、多分もう道はないだろう。クラスメイトたちが、声を潜めて笑っているのが聞こえる。俺を笑っているのか、富樫の真剣さが面白くなっているのかは分からない。
「じゃ、解散! 練習はまた夏休み明けに!」
富樫の太い声が響いて、ようやく俺たちの夏休みははじまった。運動部に入っている連中は、早く練習に行きたいのかすごい勢いで散っていった。富樫も野球部で忙しく過ごしているはずなのに、こうして文化祭の劇にも全力なのだからすごいことだ。
「こうして台本持ってると、なんかプロになった気分だよなぁ」
後ろの席で台本を開いた渉は、なんだか上機嫌だ。タコの足もどこか嬉しそうにくねっている。
「一応聞くけど、プロってなんの」
「そりゃ舞台俳優のだよ」
あれしかセリフがなかったくせに、大きく出すぎだ。そのくせ渉は「オファーがきたらどうしよう、オレ学生なのに」と要らなすぎる心配をしていた。台本をぱらぱらとめくりながら、今日の読み合わせのことを振り返る。最後のほうは少し噛んでしまったので、ここは改善しなければならない。
「直人は、夏休みどうすんの?」
もう話題に飽きたらしい渉は、がさがさと箱の菓子を開けている。きのこを模したチョコの菓子を、猫の前足で器用につまみあげた。
「1カ月半も休めるんだからさ。どっか行かないの?」
「どうもこうも、家にいるだけだよ」
「は、出掛けないのかよ」
「特に用事ない。宿題やってセリフの練習して。……ああ、ラジオ体操くらいは」
わーっと渉が声を上げたので遮られた。信じられないとでも言うように、目を見開いて俺を見つめている。
「ありえない、うそだ。それで高2の夏休みって言えんの!?」
「そういうお前はどうなんだよ」
「まっオレも別に用事ないけど」
まあそうだとは思っていた。例年通り、週に何度か渉と会って遊んで、最終週に半泣きになったこいつの宿題を手伝う羽目になるはずだ。高校の宿題なんて大した量ではないのに、何故進めないのだろう。ただ今年は、セリフの練習がある。遊ぶ時間は減るだろう。
「渉、部活はないのか?」
「あー、美術部の? ないない。この時期は直人と同じ帰宅部みたいなもんだよ」
渉は元々スポーツ関係の部にいくつか入っていたらしいが「飽きた」の一言ですべて退部、今は何故か美術部に入ってるらしい。興味の幅が広すぎる。
口にチョコ菓子を突っ込まれたので、がりがり噛んで飲み込んだ。久し振りに食べると妙に美味い。
それからは渉と通知表を見せあって争い、どちらが菓子の空き箱を捨てに行くかで揉めて、妙な動き方をしているカーテンを笑って、ようやく下校となった。直人に付き合っていると、時間がいくらあっても足りない。
「あー、なっつやっすみーはぁ、さいこーう」
「なにその歌。初めて聞いた」
「作詞作曲、オレ」
渉はカニのハサミと人間の手とで調子はずれの拍手をしながら「いえーい」とセルフで盛り上がっている。
質問したことを後悔しながら廊下を歩いていると、何か黒いものが突っ切った。窓に目を向けると、ペンギンが三羽、青い空を滑るように泳いでいる。そういえばペンギンは、泳ぎが速いと聞いたことがある。
敢えて話題にも出さずに渉のオリジナルソングを聞き流していると、「おい、高橋」と野太い声で名を呼ばれた。渉がこの曲にMCでも入れたのだろうかと思ったが、振り返ると、立っていたのは富樫だった。まだ野球部には行っていないらしい。
「少しいいか。高橋、話があるんだ」
「俺は構わないけど」
「そうか、良かった」
190センチはあるだろう富樫は、向き合うだけでも威圧感がある。野球というより柔道でもやっていそうな雰囲気だ。渉は席を外すかと思いきや、何故か身体を後ろに向けて、鳥の翼をばさばささせながら突っ立っている。パスワード入力のときに目を逸らす気遣いとは、訳が違うだろう。渉を追い払おうとしたが、富樫のほうがジェスチャーだけで止めてくれた。見た目に反して、真摯な奴だ。
「別にここでしてもいい話だ」
「ああ、そう?」
何故か返答した渉が、くるりとこちらを向いた。部外者のくせに、遠慮がなさすぎる。富樫は咳ばらいをすると、しっかりと俺のほうに向き直った。
「単刀直入に言う。ロメンナ役を譲ってほしい」
「そうだ、我が名はロメンナ。この呪いを解くべく……」
蛍光ペンで黄色くなったセリフを、座ったままで読んでいく。皆が棒読みでセリフを言う中、俺は何とか釣られないようにと演技を乗せたセリフ回しをしていく。
はじめての台本読み合わせだというのに、教室にはどこか浮かれた空気が漂っていた。
無理もない。通知表も配られて、今日から夏休みというタイミングなのだ。野球部の富樫が、夏休み前には一度台本読み合わせをしよう、と提案してくれて、こうして皆が足止めをくらって練習しているというだけだ。
渉が「なんと! 奇妙な呪いじゃ!」と芝居ががったセリフを叫んだ。感情を乗せるのはいいが、演技が非常にわざとらしい。
本当であれば「なんと!」のセリフを言うはずだった山本は、あれから学校に来ていない。期末テストだけは別室で受けたと聞いたが、誰も姿を見ていない。山本と同じ生徒会に入っているクラスメイトも、どこか元気のない様子で、山本のことは語りたがらなかった。
少しだけ空気が変わったのは、ヴァルゲインのセリフが響いた瞬間だ。
「ロメンナよ! 仲間もおらず、呪いを受けた足では歩けまい!」
教室に野太い声が響いた。ヴァルゲイン役の、富樫の声だ。迫力もあって演技も上手い。まさにラスボスとも言える貫禄だ。俺も「まだ道はある!」とセリフで応戦してみるが、恥が勝って棒読みになってしまったので、多分もう道はないだろう。クラスメイトたちが、声を潜めて笑っているのが聞こえる。俺を笑っているのか、富樫の真剣さが面白くなっているのかは分からない。
「じゃ、解散! 練習はまた夏休み明けに!」
富樫の太い声が響いて、ようやく俺たちの夏休みははじまった。運動部に入っている連中は、早く練習に行きたいのかすごい勢いで散っていった。富樫も野球部で忙しく過ごしているはずなのに、こうして文化祭の劇にも全力なのだからすごいことだ。
「こうして台本持ってると、なんかプロになった気分だよなぁ」
後ろの席で台本を開いた渉は、なんだか上機嫌だ。タコの足もどこか嬉しそうにくねっている。
「一応聞くけど、プロってなんの」
「そりゃ舞台俳優のだよ」
あれしかセリフがなかったくせに、大きく出すぎだ。そのくせ渉は「オファーがきたらどうしよう、オレ学生なのに」と要らなすぎる心配をしていた。台本をぱらぱらとめくりながら、今日の読み合わせのことを振り返る。最後のほうは少し噛んでしまったので、ここは改善しなければならない。
「直人は、夏休みどうすんの?」
もう話題に飽きたらしい渉は、がさがさと箱の菓子を開けている。きのこを模したチョコの菓子を、猫の前足で器用につまみあげた。
「1カ月半も休めるんだからさ。どっか行かないの?」
「どうもこうも、家にいるだけだよ」
「は、出掛けないのかよ」
「特に用事ない。宿題やってセリフの練習して。……ああ、ラジオ体操くらいは」
わーっと渉が声を上げたので遮られた。信じられないとでも言うように、目を見開いて俺を見つめている。
「ありえない、うそだ。それで高2の夏休みって言えんの!?」
「そういうお前はどうなんだよ」
「まっオレも別に用事ないけど」
まあそうだとは思っていた。例年通り、週に何度か渉と会って遊んで、最終週に半泣きになったこいつの宿題を手伝う羽目になるはずだ。高校の宿題なんて大した量ではないのに、何故進めないのだろう。ただ今年は、セリフの練習がある。遊ぶ時間は減るだろう。
「渉、部活はないのか?」
「あー、美術部の? ないない。この時期は直人と同じ帰宅部みたいなもんだよ」
渉は元々スポーツ関係の部にいくつか入っていたらしいが「飽きた」の一言ですべて退部、今は何故か美術部に入ってるらしい。興味の幅が広すぎる。
口にチョコ菓子を突っ込まれたので、がりがり噛んで飲み込んだ。久し振りに食べると妙に美味い。
それからは渉と通知表を見せあって争い、どちらが菓子の空き箱を捨てに行くかで揉めて、妙な動き方をしているカーテンを笑って、ようやく下校となった。直人に付き合っていると、時間がいくらあっても足りない。
「あー、なっつやっすみーはぁ、さいこーう」
「なにその歌。初めて聞いた」
「作詞作曲、オレ」
渉はカニのハサミと人間の手とで調子はずれの拍手をしながら「いえーい」とセルフで盛り上がっている。
質問したことを後悔しながら廊下を歩いていると、何か黒いものが突っ切った。窓に目を向けると、ペンギンが三羽、青い空を滑るように泳いでいる。そういえばペンギンは、泳ぎが速いと聞いたことがある。
敢えて話題にも出さずに渉のオリジナルソングを聞き流していると、「おい、高橋」と野太い声で名を呼ばれた。渉がこの曲にMCでも入れたのだろうかと思ったが、振り返ると、立っていたのは富樫だった。まだ野球部には行っていないらしい。
「少しいいか。高橋、話があるんだ」
「俺は構わないけど」
「そうか、良かった」
190センチはあるだろう富樫は、向き合うだけでも威圧感がある。野球というより柔道でもやっていそうな雰囲気だ。渉は席を外すかと思いきや、何故か身体を後ろに向けて、鳥の翼をばさばささせながら突っ立っている。パスワード入力のときに目を逸らす気遣いとは、訳が違うだろう。渉を追い払おうとしたが、富樫のほうがジェスチャーだけで止めてくれた。見た目に反して、真摯な奴だ。
「別にここでしてもいい話だ」
「ああ、そう?」
何故か返答した渉が、くるりとこちらを向いた。部外者のくせに、遠慮がなさすぎる。富樫は咳ばらいをすると、しっかりと俺のほうに向き直った。
「単刀直入に言う。ロメンナ役を譲ってほしい」
