「あのときはオレの腕、食われると思ったもんだ」
「食おうともしてない。盛るな、話を」
お昼休みで終わると思った懐かしい話は、まさかの放課後まで続いていた。よほど気に入っているエピソードらしく、こうして一度思い出すと一日中同じことを言う。本当に勘弁して欲しい。
廊下の掲示板に、ポスターを宛がう。また「あの時の直人は」が続きそうだったので、「渉、ここで留めて」と遮って指示を出す。渉がさっと動いて、昔ながらの画鋲で四隅をぎゅっと留め始めた。反射的に身体が動いてしまうタイプらしい。
「……しっかし直人、今もまだ保健委員やってんだもんなー」
画鋲を押し込むのに不便なようで、渉は珍しく人間の左手を使って作業をしていた。
「委員っていうか、あの時は保健係だ」
「似たようなもんだろー」
ポスターの中心では、顔のついたスポーツドリンクのキャラが片手を挙げていた。『塩分&水分補給!』と吹き出しまでついていて、たまに『水分』の文字がガタガタ震えている。渉が指で押さえると、その震えは大人しくなった。
保健委員といっても、こうして放課後、保健室が出しているポスターを貼る程度の仕事内容だ。保健係をやっていたときのほうが、忙しかったように思う。あっという間に仕事を終えて、教室に向かう。
「直人さー、今日カラオケ行かね。山本たちも誘ってさあ」
「そろそろテスト期間に入るだろ。家で勉強しろ」
廊下を歩きながら、やだあ、と渉が腕をウネウネと動かした。あれはタコ――ではなく、イカだろう。なぜここでバリエーションがあるんだ。
楽しい夏休みの前に、俺たちは来月の期末テストを乗り越えなくてはならない。高2の成績は推薦に響くとピリピリしている奴もいたが、俺が気にしているのは夏休み明けのことだ。10月の文化祭に向けて、クラス劇の練習も本格的になるだろう。それまでにロメンナの役もしっかり自分のものにしなくては。この能天気な友人に付き合っている場合ではないのだ。
「分かった。じゃあオレと一緒に勉強しよ」
「やだって」
「あー、セリフの練習とかは? ほら、夏休み前にも一度くらいさ」
「終業式のあと、クラスで台本の読み合わせだけするって言ってただろ?」
もう今日はさっさと帰ろう。腕に巻き付くイカの足からも目を逸らしてバッグにノートを詰めていると、どたどたと足音が近づいてきた。クラスメイトの一人が、勢い良く教室の扉を引き開けた。
「おいっ、こっち山本戻ってないか!?」
「山本ぉ? 来てなーい」
机に突っ伏してイカの足をくねらせている渉に変わって、一応俺が教室を見渡した。もう皆が下校したようで、帰り支度をしているのは俺たちだけだった。
「俺も見てない」
クラスメイトは、ああっと頭を抱えて「どうしよう」と「やばい」を繰り返していた。さすがの渉もただならぬ気配を察したのか、机からゆっくりと顔を上げた。前髪が妙な形に癖付いて浮かび上がっている。
しばらく待っていると、青い顔をしたクラスメイトが「山本が」と低く呟いた。
「……山本が、閉じ込められたんだ」
渉と顔を見合わせる。イカの足の先端が、ゆっくりとうねった。
「食おうともしてない。盛るな、話を」
お昼休みで終わると思った懐かしい話は、まさかの放課後まで続いていた。よほど気に入っているエピソードらしく、こうして一度思い出すと一日中同じことを言う。本当に勘弁して欲しい。
廊下の掲示板に、ポスターを宛がう。また「あの時の直人は」が続きそうだったので、「渉、ここで留めて」と遮って指示を出す。渉がさっと動いて、昔ながらの画鋲で四隅をぎゅっと留め始めた。反射的に身体が動いてしまうタイプらしい。
「……しっかし直人、今もまだ保健委員やってんだもんなー」
画鋲を押し込むのに不便なようで、渉は珍しく人間の左手を使って作業をしていた。
「委員っていうか、あの時は保健係だ」
「似たようなもんだろー」
ポスターの中心では、顔のついたスポーツドリンクのキャラが片手を挙げていた。『塩分&水分補給!』と吹き出しまでついていて、たまに『水分』の文字がガタガタ震えている。渉が指で押さえると、その震えは大人しくなった。
保健委員といっても、こうして放課後、保健室が出しているポスターを貼る程度の仕事内容だ。保健係をやっていたときのほうが、忙しかったように思う。あっという間に仕事を終えて、教室に向かう。
「直人さー、今日カラオケ行かね。山本たちも誘ってさあ」
「そろそろテスト期間に入るだろ。家で勉強しろ」
廊下を歩きながら、やだあ、と渉が腕をウネウネと動かした。あれはタコ――ではなく、イカだろう。なぜここでバリエーションがあるんだ。
楽しい夏休みの前に、俺たちは来月の期末テストを乗り越えなくてはならない。高2の成績は推薦に響くとピリピリしている奴もいたが、俺が気にしているのは夏休み明けのことだ。10月の文化祭に向けて、クラス劇の練習も本格的になるだろう。それまでにロメンナの役もしっかり自分のものにしなくては。この能天気な友人に付き合っている場合ではないのだ。
「分かった。じゃあオレと一緒に勉強しよ」
「やだって」
「あー、セリフの練習とかは? ほら、夏休み前にも一度くらいさ」
「終業式のあと、クラスで台本の読み合わせだけするって言ってただろ?」
もう今日はさっさと帰ろう。腕に巻き付くイカの足からも目を逸らしてバッグにノートを詰めていると、どたどたと足音が近づいてきた。クラスメイトの一人が、勢い良く教室の扉を引き開けた。
「おいっ、こっち山本戻ってないか!?」
「山本ぉ? 来てなーい」
机に突っ伏してイカの足をくねらせている渉に変わって、一応俺が教室を見渡した。もう皆が下校したようで、帰り支度をしているのは俺たちだけだった。
「俺も見てない」
クラスメイトは、ああっと頭を抱えて「どうしよう」と「やばい」を繰り返していた。さすがの渉もただならぬ気配を察したのか、机からゆっくりと顔を上げた。前髪が妙な形に癖付いて浮かび上がっている。
しばらく待っていると、青い顔をしたクラスメイトが「山本が」と低く呟いた。
「……山本が、閉じ込められたんだ」
渉と顔を見合わせる。イカの足の先端が、ゆっくりとうねった。
