誤差、或いは。

 今日も教室は穏やかなもので、平和な一日が過ぎていった。
 強いていうなら五限の授業中、教室に蝶々が入ってきてちょっとした騒ぎになったというくらいだ。何故か「一番後ろの席だから」という理由で俺が捕獲係に任命されて、手早く捕まえて窓から逃がしてやった。もう入って来ないように、カーテンもしっかりと閉めた。

「お前、虫平気なんだなぁ!」
 放課後、富樫がでかい声で俺を褒め讃えてくれた。それだけならいいのだが、背中をばしばし叩いてくるので普通に痛い。
「高橋、虫とか駄目なタイプかと思ってたよ。まああんまお前と話したこともなかったからな」
「あー、田舎って虫多かったからね」
「田舎? どこ出身なんだ?」
「うち、ここから十五分程度だけど」
 富樫が「都会だろ!」と豪快に笑って、また背中を叩いてきた。咳き込みそうになったのを、なんとか堪える。
「あ、オレ今日は野球部のほう行かないと。試合近くてさ」
 富樫は俺の肩をがっと掴んで友愛を示したあとに、のしのしと元気に歩いていった。ちなみに彼はお化け屋敷のフランケンシュタイン役を務めるらしい。適任だ。
 堂々たる後ろ姿に向かって、俺はふと「富樫!」と呼びかけた。名を呼ばれた彼はぴたりと足を止めると、ちらりと視線だけをこちらに向けた。
「ああ? なんだぁ?」
「……あのさ、屋上って開いてるのか?」
「屋上? ずっと鍵閉まってるし、用がないなら先生も鍵貸してくれないだろ」
「そうだよな。悪い、引き留めて」
 富樫は不思議そうに首を傾げたが、それ以上は詮索せずに校庭に向かっていった。