ああだこうだとやりあっているうちに、体育館前に到着した。
ここが目的の場所だったようで、渉は易々と体育館の扉を開いた。相変わらず鍵なんて存在しないかのような、スムーズな手付きだ。
扉の先は、特有のワックスの匂いと、古びた木の匂いがした。この学校は、校舎そのものは改修工事をして綺麗に整っているが、体育館は『昔ながら』の作りで、未だに前の時代の空気を残している。
さすがに土足で入るわけにはいかずに、隣に立った渉を見遣る。
「俺、体育館履き持って来てないんだけど。上履きも」
「大丈夫大丈夫。裸足でいこ」
まあいいかと、靴を脱いで体育館に上がった。靴下で数歩進むととんでもなく滑ったので、俺も渉に倣って裸足になった。脱いだ靴下を靴にぎゅっと詰め込んでから、改めて体育館を見渡す。
体育館内に差し込むのは、この扉から入る光だけで、奥にいくほど深い闇に覆われている。体育館を見下ろすような形で二階部分に窓があったと思うが、そういえばいつも黒いカーテンが閉まっていた。
瞬間、背中でばたんと音がして、扉が閉められた。
勢い良く振り返ったが、そこにはもう、闇しかない。
「……渉?」
返事はない。もう一度名を呼んでみるが、しんとした空間に声が響くだけだ。
暗闇に、取り残された。
心臓が激しく脈打っていき、嫌な汗が背中をつたう。
こんな深夜に、体育館に閉じ込められた。いや、閉じ込められただけならまだいい。
山本の話が頭によぎる。
――何もなかったんだよ、そこには、なんにも……
上下左右もわからない空間で、彼は数週間ほどの無の時間を過ごしたという。
だんだんと呼吸が浅くなってきたので、意識をして深呼吸をした。
もしずっとここに閉じ込められたら。
もし、誰も助けに来なかったら。
俺が渉に騙されていただけだとしたら――
「直人、こっちだよ」
いつもの明るい声が聞こえて、俺の手が握られた。恐らく渉の手なのだろうが、いつもの猫の手やカニの手ではない。人間の手の感触だ。縋るようにその手を握り締めると、同じだけの力で握り返してくれた。
闇の中で先導されて、体育館を歩いていく。手のひらに伝わる体温と、聞こえる二人分の足音だけが救いだった。ここが何も見えない暗闇で良かった。今の俺はきっと、随分と情けない顔をしているだろう。
あちこちと歩かされて、階段らしき段差をのぼったところで、渉が手を離した。一気に心許なくなって、思わず叫ぶ。
「……お前っ、手離すなよ!」
いつもであれば笑われるような言葉だっただろうが、返ってきた「大丈夫だから」という言葉は、どこか優しさを含んだ響きがあった。
「ちょっと待ってて、すぐだから」
渉の言葉を信じて、闇の中で立ちすくむ。今自分が体育館のどこにいるのかも分からない。一体何をされるというのだろう。
どのくらい時間が経っただろうか。小さく音が聞こえてきた。ぱちゃぱちゃとどこか水気を含んだ、軽い音だ。その音が徐々に大きくなってきたと思うと、俺の視界は一気に明るくなった。
ここが目的の場所だったようで、渉は易々と体育館の扉を開いた。相変わらず鍵なんて存在しないかのような、スムーズな手付きだ。
扉の先は、特有のワックスの匂いと、古びた木の匂いがした。この学校は、校舎そのものは改修工事をして綺麗に整っているが、体育館は『昔ながら』の作りで、未だに前の時代の空気を残している。
さすがに土足で入るわけにはいかずに、隣に立った渉を見遣る。
「俺、体育館履き持って来てないんだけど。上履きも」
「大丈夫大丈夫。裸足でいこ」
まあいいかと、靴を脱いで体育館に上がった。靴下で数歩進むととんでもなく滑ったので、俺も渉に倣って裸足になった。脱いだ靴下を靴にぎゅっと詰め込んでから、改めて体育館を見渡す。
体育館内に差し込むのは、この扉から入る光だけで、奥にいくほど深い闇に覆われている。体育館を見下ろすような形で二階部分に窓があったと思うが、そういえばいつも黒いカーテンが閉まっていた。
瞬間、背中でばたんと音がして、扉が閉められた。
勢い良く振り返ったが、そこにはもう、闇しかない。
「……渉?」
返事はない。もう一度名を呼んでみるが、しんとした空間に声が響くだけだ。
暗闇に、取り残された。
心臓が激しく脈打っていき、嫌な汗が背中をつたう。
こんな深夜に、体育館に閉じ込められた。いや、閉じ込められただけならまだいい。
山本の話が頭によぎる。
――何もなかったんだよ、そこには、なんにも……
上下左右もわからない空間で、彼は数週間ほどの無の時間を過ごしたという。
だんだんと呼吸が浅くなってきたので、意識をして深呼吸をした。
もしずっとここに閉じ込められたら。
もし、誰も助けに来なかったら。
俺が渉に騙されていただけだとしたら――
「直人、こっちだよ」
いつもの明るい声が聞こえて、俺の手が握られた。恐らく渉の手なのだろうが、いつもの猫の手やカニの手ではない。人間の手の感触だ。縋るようにその手を握り締めると、同じだけの力で握り返してくれた。
闇の中で先導されて、体育館を歩いていく。手のひらに伝わる体温と、聞こえる二人分の足音だけが救いだった。ここが何も見えない暗闇で良かった。今の俺はきっと、随分と情けない顔をしているだろう。
あちこちと歩かされて、階段らしき段差をのぼったところで、渉が手を離した。一気に心許なくなって、思わず叫ぶ。
「……お前っ、手離すなよ!」
いつもであれば笑われるような言葉だっただろうが、返ってきた「大丈夫だから」という言葉は、どこか優しさを含んだ響きがあった。
「ちょっと待ってて、すぐだから」
渉の言葉を信じて、闇の中で立ちすくむ。今自分が体育館のどこにいるのかも分からない。一体何をされるというのだろう。
どのくらい時間が経っただろうか。小さく音が聞こえてきた。ぱちゃぱちゃとどこか水気を含んだ、軽い音だ。その音が徐々に大きくなってきたと思うと、俺の視界は一気に明るくなった。
