誤差、或いは。

 最後の直線を全力で走り抜けたとき、遠くにぼんやりした光が見えた。学校の門の前に立った渉が、スマホを触っているようだ。いつもと全く変わらない、友の姿だ。
 時刻は0時6分。空いたスペースに自転車を停めると、鍵もかけずに渉へと走り寄った。
「悪いっ、遅れた」
「お、来た来た。いつもだったら直人、遅刻なんて絶対しないのになー」
 当の渉はからからと明るく笑っている。
 私服姿の渉は、あの合宿以来だ。俺は適当に選んだ安いTシャツ姿だったが、渉は何かのブランドの白いパーカーを着ていた。前にこの白色に普通に醤油をこぼしていたが、値段を聞いて腰を抜かすかと思った記憶がある。いつもながら、俺たちの服装は真逆だった。
「そんじゃさっそく行きますかー」
「行くって、学校にか?」
「そりゃそう。他にどこがあるんだよ」
 渉は猫の前足で器用にスマホを持ち上げ、パーカーのポケットに突っ込んだ。
 学校前の正門はしっかり閉じられており、「防犯カメラ作動中」という警備会社のステッカーまで貼られている。セキュリティがしっかりしている分、俺たちの侵入は難しくなってくるだろう。
「……ここ、絶対入れないだろ」
 深夜なので自然と小声になったが、渉は気にしていないようで「そーお?」といつも通りの声量で返答した。
「平気平気。入れないじゃなくて、入りたいかどうかだろ」
「そういう哲学的な話じゃないんだよ」
「はいはいはい。ロメンナ直人くんは頭が硬いね」
 渉が正門に手をかけた。まさか開くはずがないと思ったが、重そうな門はガラガラと音を立てて横にスライドした。屋上の扉と同じく、門も施錠されているはずなのに。俺が呆然としていると、先に中に入った渉が「早く早く」と手招いた。もう細かいことを気にしていても、仕方ないのかもしれない。
 夜の校舎前を、渉を追って歩いていく。防犯のためか、職員室をはじめとしたいくつかの部屋は電気がついていたので、困ることはなかった。ひそひそ喋る花壇の花を横目に、声を掛ける。
「渉。お前ってなんなんだ?」
 自分でも驚くほど、無意識に出た問いだった。前を歩く彼の足が止まる。言ってしまってから、しまったと思うがもう遅い。渉がゆっくりと振り返る。
「お前の友だちじゃない?」
 わざわざ面と向かって「友」と言われて、不信感よりも気恥ずかしさが勝った。何故そんなことを恥ずかしげもなく言えるのだろう。
「それは、俺だってそう思ってるけど」
 渉が身体ごとこちらへ向くと、タコの足が伸びてきた。その足は俺の頭を撫でた、というよりも髪をめちゃくちゃに掻き回してくる。頭ががくがく揺れるほどの乱暴な撫で回し方で「やめろ!」と払うと、ようやく触手が去っていった。渉は満足したのかけたけたと笑って、また前を向いて歩き始めた。
 彼もまた、照れているのかもしれない。
 そう思うと急に身体の力が抜けて、わずかな不信感もどこかに消え去った。
 髪を直しながら「お前照れてるな」と追いかけると、大きな猫の手が、俺の顔をやんわり押し返してきた。