誤差、或いは。

 別に行かなくたって良かったはずだ。だというのに俺は、全力で自転車のペダルを踏んでいた。
 近道のために、夜の公園を突っ切っていく。さすがにこの時間となれば他に人はいない。
 風もないのにブランコが揺れている。無視をして走っていると、公園内の街灯がぶつっと切れて暗くなったが、光る小魚の群れが辺りを照らしていたので、なんとか転ばずに進むことができた。闇の中で、小さな笑い声がする。なんの花の声だろうかと気になったが、今は確認している場合ではない。公園を抜けると、気温が不思議と2℃ほど下がったように感じた。
 車が通っていない道路だったが、俺は赤信号で止まる。
 ――23時55分。
 スマホで時刻を確認しながら、浅くなっていた息をゆっくり整えた。
 最後に渉からきた連絡は『待ってる』という簡素なものだった。既読をつけただけで、返事をしていない。
 俺は最後まで迷っていた。
 夜の学校に向かうかどうかを。
 震えながら伝えてくれた山本の姿を思い出す。あれは間違いなく、俺を気遣った忠告だ。
 人ならざる腕を持つ、素性も分からない男。渉が友人であることに、何の疑問を持ったこともなかった。
 だが客観的に見て、あいつは。
 ――あいつは、化け物だ。
 耳の奥に、山本の声が張り付いているようだった。
 ばけもの。
 いつもなら笑い飛ばすところだったが、否定できる材料を持っていないことも事実だった。化け物。見方によっては確かに化け物なのだろう。
 本当なら、行かないほうがいい。
 田舎の合宿で無事だったのは、渉の気まぐれだったのかもしれない。あのときだって、首を絞められたまま、殺されていてもおかしくはなかった。
 信号が青になったので、ペダルを深く踏み込む。古い自転車なので、たまにぎいぎいと妙な音が鳴るが、そんなことは気にならない。電線に止まった数羽のハトたちは、赤い目をして全員がこちらを向いている。
 かたかた揺れるマンホールを踏まないように避けながら、スピードを上げていく。
 行かないほうがいい。絶対に、行かないほうがいいはずだ。
 最後のカーブへ勢い良く突っ込んで、大きく弧を描くように曲がる。カーブミラーに映った景色だけは、昼間の空だった。
 行かないほうがいい。
 何をされるか分かったものではない。
 今からでも戻るべきだ。
 頭では分かっているのに、足は止まらなかった。
 ――絶対来いよ、直人。
 あのときの渉は、真剣な表情で俺を見ていた。
 長い付き合いのある友が、真剣な頼みをしている。
 行くべき理由は、それだけで充分だった。