指定されたのは、最寄り駅近くのコンビニだった。座れる場所を選ばなかったのは、今日が祝日で混んでいるからだろう。コンビニの前に自転車をとめて、辺りを見回した。まだ約束の相手は来ていないようだ。
――17時半に駅前コンビニ、来れる?
そんな連絡のあと、真面目にもコンビニの地図アドレスが貼られていた。事情はわからないが、俺は「行く」と即答して、飛び出した。暇つぶしにスマホをいじっていて、本当に良かった。
コンビニの自動ドアは、人もいないのに何度も開閉が繰り返されている。しばらくすると店員が現れて、自動ドアを開けたままに固定してしまった。学校内での不思議な出来事は気にならないが、こうして店を営業していると大変だろう。
また自動ドアが、ウィ、っと動いた瞬間に、店員さんが「こら!」と怒鳴った。自動ドアがぴたりと止まる。あの叱責も効くのだろう。店の前で感心しながら眺めていると「お待たせ」と声が聞こえた。ようやく来たらしい。俺も「いや」とだけ言って、手を挙げて応える
久し振りに見る山本はやつれているようで、ひと回り小さくなっているようにも見えた。
山本と二人で並んで、コンビニに入る。ドアを通るとき、また勝手に動き出さないかと心配になったが、素直に通してくれた。
「高橋、お前夕飯は?」
「うちで食べる」
「じゃあ軽く買えばいいか。スポドリとかでいいよな。こういう飲み物なら、ちゃんと塩分も取れてる感あるし。最近こういうのも飲まないと駄目って思ったんだよな」
山本は自分の買い物かごに、スポーツドリンクを二本放り込んだ。期間限定のものらしく、ペットボトルのラベルには有名な野球選手がプリントされている。
あれだけ優等生キャラを気取っていたというのに、山本はもう眼鏡を着用していなかった。回りくどい喋り方の癖はそのままだったが、演技がかった敬語はもうやめたらしい。言葉にどことなく力がなく、なんとなく弱っていることが察せられる。
改めて見ると、Tシャツから伸びる山本の腕はえらく細かった。やはり体調も悪そうに見える。だが、セルフレジで会計を済ませていく山本が「なんでこれ読み込まないんだ、バーコードの位置おかしいだろ、曲線だし」と小さく長い文句を言っていて、ほんの少しだけ安心したのだった。
無事に会計を済ませて、俺たちは店の外に出た。渡されたスポーツドリンクは山本の奢りらしく、払おうとした小銭は拒否されてしまった。有難く礼を言ってから、コンビニ前で立ったまま向かい合う。飲む間だけは、この場所を借りるのも許してもらおう。
「……高橋、お前役変わったのか」
「え? ああ、まあ」
「そっか。残念だったな」
聞けば、山本は同じ生徒会の友人からの連絡で、昨日の顛末を知ったという。俺にはほとんど返事をしなくせに、親しい奴とはやり取りをしていたらしい。
山本は口もつけずに、ペットボトルをずっと手の中で転がしている。スポーツドリンクを持っていることで、彼の腕がより細く見える気がした。
「高橋が合宿してたってのも聞いてる。ド田舎で」
「はぁ? 誰から聞いたんだ」
「いや、日下部から。二人で行ってたらしいな。田舎っぽい写真もついてたよ。返事はしてないけど」
「渉が言ったのかよ……」
薄情者の渉だと思っていたが、山本に連絡は入れていたようだ。ほんの少しだけ、渉のことを見直した。
近くをふわっとクラゲが飛んで行って、山本が大きくのけぞった。今日はクラゲの飛ぶ位置が随分と低い。ツバメが低く飛ぶと雨が降るという古い迷信が、クラゲも何かあるのだろうか。雪が降るとか、雷が鳴るとか。
「最近って、クラゲも多いよな。まあ綺麗だからいいけど」
なんともなしにクラゲを話題に出してみる。ふわふわと泳ぐクラゲに心癒されていたのだが、山本の表情は歪んでいた。口をぱくぱくさせてから、俺を睨め付ける。
「高橋、お前っ、変だよ……!」
ほとんど泣きそうな声だ。
山本はこちらに掴みかかりそうな勢いで、ぐいぐい詰め寄ってきた。
「なんでそんな普通にしてられるんだ? お前も変だし、他の奴もみんな変だ!」
「落ち着け、山本! 何が変なんだよ」
「全部だよ!」
どうやら錯乱しているらしい。彼の手からペットボトルが落ちて、ぼこんと間抜けた音が聞こえた。肩を揺らした山本は少しばかり落ち着きを取り戻したようで「ごめん」と弱々しく謝った。落ちたスポーツドリンクを拾い上げて、土を払ってから手渡してやる。
「大丈夫か? 体調が悪いならどっか座るでも」
ゆるく首を振られた。近くにペンギンがよちよち歩いてきたので、また山本が後ずさる。生き物全般が苦手な奴だった記憶はないが、何があったのだろう。ペンギンはこちらを見ると、地面に腹をつけてどこかに滑っていった。
「みんな、狂ってるんだ」
「確かに変な世界ではあるよ。つっても物心つく頃にはこんな感じだったし」
そういうものだから、という励ましだったが、山本はやはりこちらを睨んでいた。逆効果だったらしい。
「なんで高橋は受け入れられるんだ?」
声は可哀想なくらいに震えている。
山本はここまで、この世界に怯えるような奴ではなかった。伊達メガネをかけて優等生キャラを気取って、渉の腕に対しても文句を言いつつ楽しんでいたふしがある。
「山本。嫌だったら応えなくてもいいんだけど」
彼の変化に、心当たりがあるとすれば、あの日だ。
「……お前、生徒会室で何を見たんだ?」
――17時半に駅前コンビニ、来れる?
そんな連絡のあと、真面目にもコンビニの地図アドレスが貼られていた。事情はわからないが、俺は「行く」と即答して、飛び出した。暇つぶしにスマホをいじっていて、本当に良かった。
コンビニの自動ドアは、人もいないのに何度も開閉が繰り返されている。しばらくすると店員が現れて、自動ドアを開けたままに固定してしまった。学校内での不思議な出来事は気にならないが、こうして店を営業していると大変だろう。
また自動ドアが、ウィ、っと動いた瞬間に、店員さんが「こら!」と怒鳴った。自動ドアがぴたりと止まる。あの叱責も効くのだろう。店の前で感心しながら眺めていると「お待たせ」と声が聞こえた。ようやく来たらしい。俺も「いや」とだけ言って、手を挙げて応える
久し振りに見る山本はやつれているようで、ひと回り小さくなっているようにも見えた。
山本と二人で並んで、コンビニに入る。ドアを通るとき、また勝手に動き出さないかと心配になったが、素直に通してくれた。
「高橋、お前夕飯は?」
「うちで食べる」
「じゃあ軽く買えばいいか。スポドリとかでいいよな。こういう飲み物なら、ちゃんと塩分も取れてる感あるし。最近こういうのも飲まないと駄目って思ったんだよな」
山本は自分の買い物かごに、スポーツドリンクを二本放り込んだ。期間限定のものらしく、ペットボトルのラベルには有名な野球選手がプリントされている。
あれだけ優等生キャラを気取っていたというのに、山本はもう眼鏡を着用していなかった。回りくどい喋り方の癖はそのままだったが、演技がかった敬語はもうやめたらしい。言葉にどことなく力がなく、なんとなく弱っていることが察せられる。
改めて見ると、Tシャツから伸びる山本の腕はえらく細かった。やはり体調も悪そうに見える。だが、セルフレジで会計を済ませていく山本が「なんでこれ読み込まないんだ、バーコードの位置おかしいだろ、曲線だし」と小さく長い文句を言っていて、ほんの少しだけ安心したのだった。
無事に会計を済ませて、俺たちは店の外に出た。渡されたスポーツドリンクは山本の奢りらしく、払おうとした小銭は拒否されてしまった。有難く礼を言ってから、コンビニ前で立ったまま向かい合う。飲む間だけは、この場所を借りるのも許してもらおう。
「……高橋、お前役変わったのか」
「え? ああ、まあ」
「そっか。残念だったな」
聞けば、山本は同じ生徒会の友人からの連絡で、昨日の顛末を知ったという。俺にはほとんど返事をしなくせに、親しい奴とはやり取りをしていたらしい。
山本は口もつけずに、ペットボトルをずっと手の中で転がしている。スポーツドリンクを持っていることで、彼の腕がより細く見える気がした。
「高橋が合宿してたってのも聞いてる。ド田舎で」
「はぁ? 誰から聞いたんだ」
「いや、日下部から。二人で行ってたらしいな。田舎っぽい写真もついてたよ。返事はしてないけど」
「渉が言ったのかよ……」
薄情者の渉だと思っていたが、山本に連絡は入れていたようだ。ほんの少しだけ、渉のことを見直した。
近くをふわっとクラゲが飛んで行って、山本が大きくのけぞった。今日はクラゲの飛ぶ位置が随分と低い。ツバメが低く飛ぶと雨が降るという古い迷信が、クラゲも何かあるのだろうか。雪が降るとか、雷が鳴るとか。
「最近って、クラゲも多いよな。まあ綺麗だからいいけど」
なんともなしにクラゲを話題に出してみる。ふわふわと泳ぐクラゲに心癒されていたのだが、山本の表情は歪んでいた。口をぱくぱくさせてから、俺を睨め付ける。
「高橋、お前っ、変だよ……!」
ほとんど泣きそうな声だ。
山本はこちらに掴みかかりそうな勢いで、ぐいぐい詰め寄ってきた。
「なんでそんな普通にしてられるんだ? お前も変だし、他の奴もみんな変だ!」
「落ち着け、山本! 何が変なんだよ」
「全部だよ!」
どうやら錯乱しているらしい。彼の手からペットボトルが落ちて、ぼこんと間抜けた音が聞こえた。肩を揺らした山本は少しばかり落ち着きを取り戻したようで「ごめん」と弱々しく謝った。落ちたスポーツドリンクを拾い上げて、土を払ってから手渡してやる。
「大丈夫か? 体調が悪いならどっか座るでも」
ゆるく首を振られた。近くにペンギンがよちよち歩いてきたので、また山本が後ずさる。生き物全般が苦手な奴だった記憶はないが、何があったのだろう。ペンギンはこちらを見ると、地面に腹をつけてどこかに滑っていった。
「みんな、狂ってるんだ」
「確かに変な世界ではあるよ。つっても物心つく頃にはこんな感じだったし」
そういうものだから、という励ましだったが、山本はやはりこちらを睨んでいた。逆効果だったらしい。
「なんで高橋は受け入れられるんだ?」
声は可哀想なくらいに震えている。
山本はここまで、この世界に怯えるような奴ではなかった。伊達メガネをかけて優等生キャラを気取って、渉の腕に対しても文句を言いつつ楽しんでいたふしがある。
「山本。嫌だったら応えなくてもいいんだけど」
彼の変化に、心当たりがあるとすれば、あの日だ。
「……お前、生徒会室で何を見たんだ?」
