そして最終日。俺たちはすっきりした気持ちで、出立した。
田舎道でトランクをがらがら引き摺るのは相変わらず大変ではあったが、行きと違って明るい昼間だったので、心は晴れやかだった。車の通りはなかったが、何羽かのコウテイペンギンとはすれ違った。腹を地面につけてすごい勢いで滑ってくるので、スピードは出ていた。実質車のようなものだ。
「しかしまあ、合宿もあっという間だったなー」
隣に座る渉が、大きく伸びをした。先ほどすれ違ったペンギンに影響されているのか、その片腕はペンギンの腕だ。
俺たちの座るベンチはバス停の隣にあるもので、もう一時間はここに座っている。バス停の標識は朽ち果てそうなほどで見落としそうになったが、このベンチがあったお陰でなんとか足を止めることができた。まあこちらのベンチも塗装はすっかり剥げていて、いつ壊れるかも不安なくらいだったが。
どこからか流れてきたシャボン玉を指先で壊しながら、隣に視線を向ける。
「バス、あと何時間後?」
「えーっと、確かー……」
渉が何かのメモを取り出して、俺に見せてくれた。キャラクターのファンシーなメモ帳に、手書きで「13:45」と書かれている。バスが来る時刻という意味なのだろう。スマホで時刻を確認すると、ちょうど二時間後だった。今までであれば待ち時間の長さに気が狂いそうになっていただろうが、ここに来てからは「すぐだな」とすら思えるようになっていた。時間感覚まで変わるのだから、やはり二週間でも人間は順応するものだ。
「しかし有意義な合宿でしたね直人くん」
「なんだよその喋り方は」
渉がくいっと眼鏡を持ち上げる素振りまで見せた。山本の真似なのだろうか。まああいつのは伊達メガネではあるが。さらには「説明しよう」とデータキャラのようなことを言い出したが、別に何の説明もなかったので、ただやってみたかっただけなのだろう。
「まあ有意義だったのは間違いないよ」
「だろー?」
「まあな。散々稽古はしたから」
色々なことがあった二週間ではあったが、存分に稽古ができたのは事実だ。セリフもブラッシュアップできたし、『ロメンナ物語』について渉と討論していたおかげで、作品理解も深まった。今なら呪いを受けたロメンナの苦しみを思って涙を流せるほどだ。そう渉に言ったら「それはちょっと怖い」と梯子を外されたので、そのときは軽い取っ組み合いにはなったが。
「早くみんなに披露したいよなー、ロメンナ直人」
相変わらずお笑い芸人のような呼び方ではあるが、頷いて応えた。
「そうだな。富樫、俺の演技にまたなんか文句言わなきゃいいけど」
「さすがにないだろー。ここまで上手くなったら言いがかりもつけられないって」
やはり最初の俺は、指摘したくなるほど下手だったのだろう――という落胆はなんとか飲み込む。今現在、俺のロメンナクオリティは上がっているのだ。それだけで十分だろう。
富樫はきっと悔しがるだろう。真っ直ぐなあいつのことだ。変な言いがかりはつけずに、「上手くなった、主役に相応しい!」なんて涙を流すかもしれない。にやけそうになった口元を、意識的に引き締める。渉のほうはいつものにやけ顔で「ロメンナよ!」と声を上げた。
「仲間もおらず、呪いを受けた足では歩けまい!」
当たり前のようにセリフを言うので、俺も「まだ道はある!」と続ける。
「俺は、この正しい世界で生きるのだ!」
「いえーい、ロメンナ直人さいこー!」
要らない盛り上げ方をされたが、こうして道で声を出せるのも今日が最後だ。そう思うと少しだけ帰るのが惜しくなってくる。
風で揺れる木々を眺めていると、横からにゅっと渉が顔を出した。
「なーおーとー? なんか感傷に浸った顔してない?」
「してない」
「いやしてたでしょ」
いつもの「してた」「してない」の言い合いを繰り返したあとに、直人が何かを手渡してくれた。
「なんだよこれ」
「石だよ。お土産のパワーストーン」
「そんなのがあるのか?」
「うん。あなたに幸せを運ぶパワーストーン。今そこに落ちてた」
思わず放り投げようとしたが、大きな鳥の翼で止められた。せめて河原で綺麗な石を選んできて欲しい。いや、そもそも石を渡さないで欲しかった。
色々間違いすぎなのだ、渉は。
田舎道でトランクをがらがら引き摺るのは相変わらず大変ではあったが、行きと違って明るい昼間だったので、心は晴れやかだった。車の通りはなかったが、何羽かのコウテイペンギンとはすれ違った。腹を地面につけてすごい勢いで滑ってくるので、スピードは出ていた。実質車のようなものだ。
「しかしまあ、合宿もあっという間だったなー」
隣に座る渉が、大きく伸びをした。先ほどすれ違ったペンギンに影響されているのか、その片腕はペンギンの腕だ。
俺たちの座るベンチはバス停の隣にあるもので、もう一時間はここに座っている。バス停の標識は朽ち果てそうなほどで見落としそうになったが、このベンチがあったお陰でなんとか足を止めることができた。まあこちらのベンチも塗装はすっかり剥げていて、いつ壊れるかも不安なくらいだったが。
どこからか流れてきたシャボン玉を指先で壊しながら、隣に視線を向ける。
「バス、あと何時間後?」
「えーっと、確かー……」
渉が何かのメモを取り出して、俺に見せてくれた。キャラクターのファンシーなメモ帳に、手書きで「13:45」と書かれている。バスが来る時刻という意味なのだろう。スマホで時刻を確認すると、ちょうど二時間後だった。今までであれば待ち時間の長さに気が狂いそうになっていただろうが、ここに来てからは「すぐだな」とすら思えるようになっていた。時間感覚まで変わるのだから、やはり二週間でも人間は順応するものだ。
「しかし有意義な合宿でしたね直人くん」
「なんだよその喋り方は」
渉がくいっと眼鏡を持ち上げる素振りまで見せた。山本の真似なのだろうか。まああいつのは伊達メガネではあるが。さらには「説明しよう」とデータキャラのようなことを言い出したが、別に何の説明もなかったので、ただやってみたかっただけなのだろう。
「まあ有意義だったのは間違いないよ」
「だろー?」
「まあな。散々稽古はしたから」
色々なことがあった二週間ではあったが、存分に稽古ができたのは事実だ。セリフもブラッシュアップできたし、『ロメンナ物語』について渉と討論していたおかげで、作品理解も深まった。今なら呪いを受けたロメンナの苦しみを思って涙を流せるほどだ。そう渉に言ったら「それはちょっと怖い」と梯子を外されたので、そのときは軽い取っ組み合いにはなったが。
「早くみんなに披露したいよなー、ロメンナ直人」
相変わらずお笑い芸人のような呼び方ではあるが、頷いて応えた。
「そうだな。富樫、俺の演技にまたなんか文句言わなきゃいいけど」
「さすがにないだろー。ここまで上手くなったら言いがかりもつけられないって」
やはり最初の俺は、指摘したくなるほど下手だったのだろう――という落胆はなんとか飲み込む。今現在、俺のロメンナクオリティは上がっているのだ。それだけで十分だろう。
富樫はきっと悔しがるだろう。真っ直ぐなあいつのことだ。変な言いがかりはつけずに、「上手くなった、主役に相応しい!」なんて涙を流すかもしれない。にやけそうになった口元を、意識的に引き締める。渉のほうはいつものにやけ顔で「ロメンナよ!」と声を上げた。
「仲間もおらず、呪いを受けた足では歩けまい!」
当たり前のようにセリフを言うので、俺も「まだ道はある!」と続ける。
「俺は、この正しい世界で生きるのだ!」
「いえーい、ロメンナ直人さいこー!」
要らない盛り上げ方をされたが、こうして道で声を出せるのも今日が最後だ。そう思うと少しだけ帰るのが惜しくなってくる。
風で揺れる木々を眺めていると、横からにゅっと渉が顔を出した。
「なーおーとー? なんか感傷に浸った顔してない?」
「してない」
「いやしてたでしょ」
いつもの「してた」「してない」の言い合いを繰り返したあとに、直人が何かを手渡してくれた。
「なんだよこれ」
「石だよ。お土産のパワーストーン」
「そんなのがあるのか?」
「うん。あなたに幸せを運ぶパワーストーン。今そこに落ちてた」
思わず放り投げようとしたが、大きな鳥の翼で止められた。せめて河原で綺麗な石を選んできて欲しい。いや、そもそも石を渡さないで欲しかった。
色々間違いすぎなのだ、渉は。
