誤差、或いは。

 食糧問題を解決した俺たちの日々は、稽古をするか買い物に出掛けるかのどちらかだった。
 稽古の日は、こうして朝から騒いで適当な朝飯と昼飯を食べ、夜はバーベキューセットで何かしらを焼いて食べるという日々だった。俺たちが現れたからか、例の個人商店はウインナーを入荷してくれていた。久し振りの動物性たんぱく質を、俺たちは奪い合うようにして食べた。
 買い物の日の動きは、俺が店へと向かって食糧調達をして、渉は川辺でサワガニ獲りをするという謎の分担だった。初日はあれだけ獲れたサワガニも、あれ以来一切現れることなく、川魚捕獲へとシフトしていた。はじめから、魚も獲るだけのポテンシャルはあったらしい。こちらも網で塩焼きをすると、何尾でも食べられた。
 問題のほとんどは食糧問題であったが、ちょっとしたサバイバルのようでワクワクしているのも事実だった。
 家の外にある岩に腰掛けて、カップラーメンをすする。一週間も経てば、なんとなく互いの席のような石が決まっているのだから不思議だ。
「……でもカップラーメンばっかで飽きてきた」
 俺は弱音を吐いたが、渉は「そうお?」と首を傾げた。
「オレは同じもの一カ月でも二か月でも連続して食えちゃうからね」
「うそだろ」
「ほんとほんと」
 気に入った菓子パンを三カ月連続で食べたことがある、と胸を張っていたが、それは果たして自慢になるのだろうか。
 片手で台本を持って、何度もセリフを読み直す。食事中に行儀が悪いとは分かっていたが、今は渉しかいないのだから許されるだろう。セリフは完璧に覚えているが、全体の流れを掴むことも大切だろう。多分。
「直人っ、午後の稽古はドラゴンの肉を渡されるところからだ!」
 ロメンナが助けてきた人々がドラゴンを討伐して、その肉をロメンナに差し出すというシーンだ。これを食べたことで、彼の呪いは解けるという感動的なシーンだ。渉がペンギンの翼をぱたぱた動かした。
「この感動的なシーン! ドラゴンの肉のジューシーさに、ロメンナ直人は涙を流して喜ぶ……」
「そこに涙流してるわけじゃないだろ」
 別に美味かったから泣いているわけではない。皆の優しさに涙を流しているのだ。渉は「でも美味いだろうし」と言い張っている。
「だってドラゴンの肉だよ? 絶対美味いに決まってるじゃん」
「俺はあんまり美味そうとは思えないけど」
「いーや、絶対美味いね!」
 渉は「伝説級の食材だから」と言い張り、俺は「絶対肉が硬い」と、不毛な言い争いが続く。あれこれ言い合って、最後は「ドラゴン保護団体」まで登場した頃、ようやくお互いがクールダウンした。真夏の空の下、ただ疲れただけだ。
「……でも、討伐されるドラゴンも可哀想だよなー」
 今度は違う角度の意見だ。足元をちょろちょろと光る何かが通っていった。虹色に光るヤモリだ。草むらに逃げていくゲーミングヤモリを見送りながら「可哀想ではない」と言い返す。
「そもそも世界を脅かすドラゴンって設定だろ? 討伐されても仕方ない」
 この『ロメンナ物語』でも、村人がそうセリフで説明していたはずだった。原作の小説でも、火を吹いて街をめちゃくちゃに破壊していた。
 また言い返されると思ったが、渉は何も言わずに空を眺めていた。いつもならすぐに飲み干しているカップラーメンの汁も、そのままになっている。仕方がないので台本をめくって過ごしていると、たっぷり時間が経ったあとに渉が言葉を続けた。
「……でも、ドラゴンだって楽しく過ごしてるかもじゃん?」
「はあ?」
 また妙な角度の話が始まった。
「ドラゴンだって、友だちや家族のドラゴンがいるかもしれないし」
「この物語に出てくるドラゴンは一匹だ」
「街を壊したのだって不可抗力だったかもしれないじゃん」
「それ言われたら成り立たないだろ、この話。人間側が悪い話になる」
 渉は「でも」を繰り返していたが、やがて「負けたぁー」と大きく伸びをした。言い返す材料がもう見つからなかったのだろう。そもそもドラゴン視点の話にしたら、勇者ロメンナは大悪党になるというのに。
 渉がカップラーメンの汁まで飲み干して、空になった器をイカの足を巻き付けて持ち上げた。ごちそうさまの意らしい。
「じゃあまあ、ドラゴンは悪い奴ってことで」
「根に持つなよ」
 渉と話していると、脱線が多い。
 恐ろしい化け物であったドラゴンが、絵本に出てくるファンシーな姿に変わりそうだったので、慌てて頭を振って想像を追い出す。急にテイストがギャグになってしまうので、本当にやめてほしい。
 光るヤモリが草むらから顔を出して、こちらを見て笑っているように見えた。