「それじゃ、通しでやっていこう!」
家の近くにあるスペースで、渉は台本を脇下に挟んだままでパンパンと手を打った。カニのハサミと人間の手がぶつかっているので、なんだか間抜けな音だ。
渉は舞台監督でいるつもりなのだろうが、その台本は俺のものだ。練習合宿と言ったくせに、当然のように台本を持ってこない。
こんな真夏の田舎で何をしているのだろう、と思うが、都会で思いきり声を出すためにはスタジオなんかを借りなくてはならない。不便さはあるものの、自由にやれるのだから安いものだろう。
渉とこの家に来てから、もう一週間が経った。
どうせ毎日遊んで過ごすのだろうと思っていたが、意外にも渉は真面目に俺の稽古に付き合ってくれていた。それも朝から晩まで行なうのだから、本当に演劇部の合宿じみている。
家の横には、体育館の舞台のサイズ通りに枝が置かれていて、すっかり稽古ができる場所と化していた。ちゃんと上手(かみて)と下手(しもて)も分けているので、本番もばっちりだ。
「そうだ、我が名はロメンナ。この呪いをかけた者を探している!」
はじめこそ照れが勝って声が小さくなっていたが、今は身体を動かしながらでもスムーズに発声できる。
「……ロメンナよ! 仲間もおらず、呪いを受けた足では歩けまい!」
渉のほうも感情をたっぷり乗せて、疑似舞台の上に立ってくれている。付き合いのいい奴ではあるのだが、多分彼自身がかなり楽しんでいるという気配があった。
「……まだ、道はある!」
俺がセリフの通りに叫ぶと、渉が目を丸くした。それから「あー、今のは駄目」と言った。
「アドリブか、それ」
「そうじゃなくて、駄目出し! 今のはもうちょい言い方変えよう!」
また監督の顔に戻っている。お互いに素人なのに、随分と偉そうだ。人間の腕とイカの足を交差させて、バツの印をつくっている。
「ていうか渉、通しって言ってただろ。通しって、最初から最後まで一気にやる稽古なんじゃ」
「はいはいはい、今のやりなおし! プロの意見は聞いときな」
「お互いド素人だろ」
都合の悪いことは聞こえていないらしい。本当に勝手が過ぎる。
俺の頭を叩くイカの足を掴んで引っ張っていると、ふと空の向こうに、黒い影が見えた。徐々にこちらへ迫っているそれは、小魚の群れだった。何十匹いるのだろう。太陽の光を弾いて、皆がきらきらと光っている。ぶつかる、と身構えたが、小魚は俺たちをするする避けて、突っ切っていった。
遠ざかっていく群れを目で追いながら、渉に視線を向ける。
「……なんの話だっけ」
「そろそろ昼飯って話じゃない?」
小魚たちを見て、分かりやすく腹が減ったらしい。そういえばもう十二時を回っている。意識をしたら、俺まで急に空腹を覚えた。連日朝から稽古をしていたので、そこそこ疲れてはきていた。
「よしっ、ならカップラパーティーしよう!」
少し言い方を変えたところで、要はカップラーメンパーティーだ。足元で呻くタンポポを跨いで、俺はさっそく電気ポットへと向かったのだった。
家の近くにあるスペースで、渉は台本を脇下に挟んだままでパンパンと手を打った。カニのハサミと人間の手がぶつかっているので、なんだか間抜けな音だ。
渉は舞台監督でいるつもりなのだろうが、その台本は俺のものだ。練習合宿と言ったくせに、当然のように台本を持ってこない。
こんな真夏の田舎で何をしているのだろう、と思うが、都会で思いきり声を出すためにはスタジオなんかを借りなくてはならない。不便さはあるものの、自由にやれるのだから安いものだろう。
渉とこの家に来てから、もう一週間が経った。
どうせ毎日遊んで過ごすのだろうと思っていたが、意外にも渉は真面目に俺の稽古に付き合ってくれていた。それも朝から晩まで行なうのだから、本当に演劇部の合宿じみている。
家の横には、体育館の舞台のサイズ通りに枝が置かれていて、すっかり稽古ができる場所と化していた。ちゃんと上手(かみて)と下手(しもて)も分けているので、本番もばっちりだ。
「そうだ、我が名はロメンナ。この呪いをかけた者を探している!」
はじめこそ照れが勝って声が小さくなっていたが、今は身体を動かしながらでもスムーズに発声できる。
「……ロメンナよ! 仲間もおらず、呪いを受けた足では歩けまい!」
渉のほうも感情をたっぷり乗せて、疑似舞台の上に立ってくれている。付き合いのいい奴ではあるのだが、多分彼自身がかなり楽しんでいるという気配があった。
「……まだ、道はある!」
俺がセリフの通りに叫ぶと、渉が目を丸くした。それから「あー、今のは駄目」と言った。
「アドリブか、それ」
「そうじゃなくて、駄目出し! 今のはもうちょい言い方変えよう!」
また監督の顔に戻っている。お互いに素人なのに、随分と偉そうだ。人間の腕とイカの足を交差させて、バツの印をつくっている。
「ていうか渉、通しって言ってただろ。通しって、最初から最後まで一気にやる稽古なんじゃ」
「はいはいはい、今のやりなおし! プロの意見は聞いときな」
「お互いド素人だろ」
都合の悪いことは聞こえていないらしい。本当に勝手が過ぎる。
俺の頭を叩くイカの足を掴んで引っ張っていると、ふと空の向こうに、黒い影が見えた。徐々にこちらへ迫っているそれは、小魚の群れだった。何十匹いるのだろう。太陽の光を弾いて、皆がきらきらと光っている。ぶつかる、と身構えたが、小魚は俺たちをするする避けて、突っ切っていった。
遠ざかっていく群れを目で追いながら、渉に視線を向ける。
「……なんの話だっけ」
「そろそろ昼飯って話じゃない?」
小魚たちを見て、分かりやすく腹が減ったらしい。そういえばもう十二時を回っている。意識をしたら、俺まで急に空腹を覚えた。連日朝から稽古をしていたので、そこそこ疲れてはきていた。
「よしっ、ならカップラパーティーしよう!」
少し言い方を変えたところで、要はカップラーメンパーティーだ。足元で呻くタンポポを跨いで、俺はさっそく電気ポットへと向かったのだった。
