バスの座席はすごい勢いで揺れて、何度も尻が跳ね上がった。俺の前に座る渉も同じタイミングで身が跳ねて、そのたびに彼の片腕は鳥の翼に変わっていた。無意識に飛ぼうとでもしているのだろうか。
「おーっ、やば、すっごい跳ねる!」
「渉、バスでは静かに」
俺たちしか乗っていないバスではあるが、ルールは守らなくてはならない。渉が翼を動かしながら「了解」と小声で返事をした。素直なのは良いところだ。
バスの冷房はあまりきいておらず、絶えず汗が垂れてくる。
8月の上旬。夏休み真っただ中。俺たちはとある場所に向かって移動をしていた。
バスの車窓からは、畑や川が見えたかと思うと、高い木々が生い茂る景色に変わった。のどかな田園を走るバスと、森を突っ切るジープを交互に繰り返している、といった雰囲気だった。ただでさえ道が悪いというのに、飛んできた魚がぶつかってきたり、枝が伸びて道を塞いできたりするものだから、めちゃくちゃな旅だ。恐らくもう、到着予定時刻を随分と過ぎているだろう。
「直人、大丈夫ー? 尻とか」
「尻は大丈夫じゃない」
「やっぱり? オレも」
悪路に俺たちの尻がダメージを受けながら、とにかく目的地に向かって耐える。
昨晩から夜行バスに乗り、大きな駅に着いたときには朝だった。さらにそこから何度もバスの乗り換えをして、これが最後の車移動になるはずだ。
ちなみにこのバスは三日に一本しかないそうで、バス停で何時間もしりとりをして待つ羽目になってしまった。ほとんど利用者もいないのだろう。
目的地についた頃には、すっかり夕方になっていた。
降りてすぐ、バス下にある荷物スペースにトランクを取りに行ったが、知らない間にツルが絡み付いて、これを外すのにも三十分ほどかかってしまった。運転手のおじさんは疲れ切った顔で、本当に可哀想だし申し訳なかった。
ともあれ俺たちは辿り着いた。あまり馴染みのない県の、聞いたこともない田舎の住所へ。
「いやぁ、ここからなら三十分も歩かないとこだからさ!」
舗装されていない道を、がたがたと緑のトランクを引きずって歩く。渉は道の悪さを分かっていたのか、大きなリュックを背負っている。こういうことは先に共有しておいて欲しかった。
街灯もほとんどない道はうっすら夕日に照らされているだけで、時折飛んできた光る蝶が光源になるだけだった。カエルの大合唱が響いていて、渉の声が聞き取れない瞬間もあった。
「絶対楽しいからさ! 絶対絶対!」
「逆に怪しくなってくるけど」
「大丈夫大丈夫!」
言われるたびに、少しずつ不安になってくる。こんな大自然を歩いた経験もない俺は、まさか死ぬのではないかと怯えきっていたが、ようやく一軒の小さな家の前に辿り着いた。
「よっし、到着! さあ入って入って」
入ってと言われても、ちょうど日が沈んだせいでよく見えない。
スマホのライトで照らしてみると、お世辞にも綺麗とは言えない家の外装が目に入る。築何十年なのだろう、木造の外装はあちこち黒ずんでいて、軒先には、錆びた雨樋がぎりぎりでぶらさがっていた。窓ガラスも摺りガラスレベルに曇っている。夜に見ているせいもあるだろうが、印象としてはお化け屋敷にも近い。もう鍵なんて概念はないらしく、渉がカニのハサミであっさりと戸を開いた。
ここは渉の知り合いが持っている家だという。空き家になっているが、電気と水道料金は払っているし、数年に一度は風を通しているので生活はできる――というが、それも本当に最低限の話だろう。水道からは錆色の水が出て来たし、電球も切れていて電気がつかない。万が一に備えて、ロウソクやミネラルウォーターを持ってきておいて良かった。
「直人っ、ここなら練習し放題!」
「それはまあ……そうだな」
隣家もないどころか、まず民家自体を見かけなかった。唯一見かけたのは昔ながらの個人商店のような店だったが、ここから一時間は歩きそうだし、店内が暗かったので営業しているかは怪しい。ともあれ、大声を出しても迷惑にはならないだろう。
ロウソクに火を灯して明かりにすると、本格的にホラーだった。勘弁してほしい。よく見えないながらに物をどかして、最低限のスペースを確保した。
「おーっ、やば、すっごい跳ねる!」
「渉、バスでは静かに」
俺たちしか乗っていないバスではあるが、ルールは守らなくてはならない。渉が翼を動かしながら「了解」と小声で返事をした。素直なのは良いところだ。
バスの冷房はあまりきいておらず、絶えず汗が垂れてくる。
8月の上旬。夏休み真っただ中。俺たちはとある場所に向かって移動をしていた。
バスの車窓からは、畑や川が見えたかと思うと、高い木々が生い茂る景色に変わった。のどかな田園を走るバスと、森を突っ切るジープを交互に繰り返している、といった雰囲気だった。ただでさえ道が悪いというのに、飛んできた魚がぶつかってきたり、枝が伸びて道を塞いできたりするものだから、めちゃくちゃな旅だ。恐らくもう、到着予定時刻を随分と過ぎているだろう。
「直人、大丈夫ー? 尻とか」
「尻は大丈夫じゃない」
「やっぱり? オレも」
悪路に俺たちの尻がダメージを受けながら、とにかく目的地に向かって耐える。
昨晩から夜行バスに乗り、大きな駅に着いたときには朝だった。さらにそこから何度もバスの乗り換えをして、これが最後の車移動になるはずだ。
ちなみにこのバスは三日に一本しかないそうで、バス停で何時間もしりとりをして待つ羽目になってしまった。ほとんど利用者もいないのだろう。
目的地についた頃には、すっかり夕方になっていた。
降りてすぐ、バス下にある荷物スペースにトランクを取りに行ったが、知らない間にツルが絡み付いて、これを外すのにも三十分ほどかかってしまった。運転手のおじさんは疲れ切った顔で、本当に可哀想だし申し訳なかった。
ともあれ俺たちは辿り着いた。あまり馴染みのない県の、聞いたこともない田舎の住所へ。
「いやぁ、ここからなら三十分も歩かないとこだからさ!」
舗装されていない道を、がたがたと緑のトランクを引きずって歩く。渉は道の悪さを分かっていたのか、大きなリュックを背負っている。こういうことは先に共有しておいて欲しかった。
街灯もほとんどない道はうっすら夕日に照らされているだけで、時折飛んできた光る蝶が光源になるだけだった。カエルの大合唱が響いていて、渉の声が聞き取れない瞬間もあった。
「絶対楽しいからさ! 絶対絶対!」
「逆に怪しくなってくるけど」
「大丈夫大丈夫!」
言われるたびに、少しずつ不安になってくる。こんな大自然を歩いた経験もない俺は、まさか死ぬのではないかと怯えきっていたが、ようやく一軒の小さな家の前に辿り着いた。
「よっし、到着! さあ入って入って」
入ってと言われても、ちょうど日が沈んだせいでよく見えない。
スマホのライトで照らしてみると、お世辞にも綺麗とは言えない家の外装が目に入る。築何十年なのだろう、木造の外装はあちこち黒ずんでいて、軒先には、錆びた雨樋がぎりぎりでぶらさがっていた。窓ガラスも摺りガラスレベルに曇っている。夜に見ているせいもあるだろうが、印象としてはお化け屋敷にも近い。もう鍵なんて概念はないらしく、渉がカニのハサミであっさりと戸を開いた。
ここは渉の知り合いが持っている家だという。空き家になっているが、電気と水道料金は払っているし、数年に一度は風を通しているので生活はできる――というが、それも本当に最低限の話だろう。水道からは錆色の水が出て来たし、電球も切れていて電気がつかない。万が一に備えて、ロウソクやミネラルウォーターを持ってきておいて良かった。
「直人っ、ここなら練習し放題!」
「それはまあ……そうだな」
隣家もないどころか、まず民家自体を見かけなかった。唯一見かけたのは昔ながらの個人商店のような店だったが、ここから一時間は歩きそうだし、店内が暗かったので営業しているかは怪しい。ともあれ、大声を出しても迷惑にはならないだろう。
ロウソクに火を灯して明かりにすると、本格的にホラーだった。勘弁してほしい。よく見えないながらに物をどかして、最低限のスペースを確保した。
