八月八日に死ぬ君へ


 二人で連れ立ってハンバーガーチェーンに入る。僕がベーコンレタスバーガーセットを頼むと、神倉くんも同じものを頼んでいた。
「あ、あの窓際の席空いてるよ」
 窓際の席を選んだのは僕だった。景色がいい方が良い、っていう単純な発想だ。神倉君は一瞬店の奥を見た後、僕について窓際まできてくれた。
 プラスチックの硬い椅子に座って、同じセットを並べ、向かい合わせに座る。
 彼が包装紙に包まれたバーガーを丁寧に剥いて取り出すさまを、
(おいしいかな)
 なんて思ってどきどきして見守っていると、
「あんま見るなよ」
 と、くぎを刺されてしまった。
「ご、ごめん」
「別にいいけど」
 彼は僕が恐縮しないような一言を付け加えてくれたあと、露わになったバーガーの端を、慎重に、少しだけかじった。
「………」
「………」
 もぐもぐと噛んでいるうちに、きゅっと寄っていた眉からふと力が抜ける。
「おいしい?」
 表情が緩んだ瞬間に尋ねると、彼は口の中のものを飲み込んでから、こくりと頷いた。
「うまいな、これ」
「うん、おいしいよね」
 僕はソワソワしはじめた。神倉くんの視線は不思議で、見られただけで何を僕に伝えようとしてくれてるのかわかる。
「あの、あのさ。ポテトも美味しいよ」
「ん」
 彼はバーガーを片手に持ったまま、できたてのポテトをつまんで口に運び、
「うまいな、これ」
 と繰り返した。
「そうだよね」
 あっと今に僕たちはバーガーセットを平らげてしまった。くしゃくしゃになった空の包装紙を見て、僕は嬉しくなった。
「あのさ、僕、これからも神倉くんといっしょに美味しいもの沢山食べたいな」
「………」
「面白い漫画もいっしょに読みたいし、あの、ゲームもしたい。僕、ゲームも好きなんだよね。でも、シミュレーションとかRPGとかばっかで、対戦系って僕やったことないんだけど、神倉くんとならやってみたい。パーティ組んでモンスター倒すやつとか。映画も見に行こうよ」
 僕はずっと気になっていた。
 夏休みに入っても、学校と同じくほとんど毎日顔を合わせているからわかるんだけど。
 神倉くんの元気は、どんどんなくなっていく。
 声や表情から抑揚が薄まり、前から時々漂わせていた諦めの雰囲気はどんどん濃くなって。
(……まだ、八月八日に自分が死ぬって思ってる)
 僕がどんなに毎日調べても、お供えをすれば大丈夫だなんて言っても、彼には届かない。それも当然だ。だって、僕にだって絶対それが大丈夫だなんて言えないんだから。
 それでも、友達がずっと寂しそうな顔をしているのは辛かった。
 だから僕は明るい声を出して、一生懸命未来を語った。
「その前にさ、一緒にお祭りに行こうね。九日のお祭りにさ」
「…………」
 彼は、いつでも僕が一番欲しい言葉をくれる人だった。
 それでも、今回ばかりは言い切れないらしくて、視線をそらして誤魔化そうとしたけれど、僕は机の上に置きっぱなしにされていた彼の手を掴んで、
「絶対一緒に行こう」
 と繰り返した。
 お願い、と思った時、彼は小さく頷いた。僅かに顎を引いた程度のことだったけれど、それでも僕が歓喜したとき、
「悟空」
 急に、知らない男の声で、彼の名前が呼ばれた。
 彼はゆらりと立ち上がった。そうして、店の入り口から僕たちに向かって近づいてくる男の人を見た。
 ハリネズミみたいに短い毛を逆立てて、目は錐のように鋭かった。ひからびた肌は彼を実年齢より年上に見せているに違いない。顔だけみれば老人のように見えたけれど、体つきは筋骨隆々としてたくましかった。
「父さん」
 神倉くんがぽつりと呟いたのは、僕への説明に他ならなかった。
「何してる、こんなところで」
「晩飯食ってる」
 彼はつまらなそうに言ってた。その後僕を見て、
「クラスメイト、……たまたま会ったから……」
 と言った。
(………)
 彼がそういうことにしたがってる、というのはわかった。
 彼の父親は、彼が交友関係を持つのを歓迎していないっていうのも聞いたことがあったし。
 でも、やっぱり面と向かって友達と説明されなかったのがショックで僕が固まっていると、二人の話は圧倒魔にまとまってしまう。たまたま車で移動していた時に、客席に彼を見つけたということらしい。
「帰るぞ」
「……」
 彼は頷きこそしなかったけれど、大人しく父親のあとをついて、お店を出ようとした。
「あ、神倉くん……」
 立ち上がりながら名前を呼ぶと、彼は振り返り、父親からは見えない角度でこっそり微笑んだ。
「じゃあな、日野」
「…………」
 彼が生きている間中、こういうことが繰り返されてきたのだと思った。
 彼が疲れ果てたり、くたびれたりすることに無頓着な父親の下で、少しずつ生きる気力をすり減らしてきたのだろう。
 彼の父親は八月八日に彼が死ぬべきだと知っている。そしてそれにしか関心がない。
 無理矢理手を引っ張って、彼を引き離したらどうなるだろう、と思って、でもそれは何の解決にもならないのもわかってた。彼はこのままじゃ、この街を出ることもできないんだから。僕は机の上に拳を置いて、奥歯を噛みしめ、二人が消えるのを見送るしかなかった。




 それから、神倉くんと連絡がつかなくなった。
 スマホにも電源を入れてないようだ。多分、家に閉じ込められているのだろう。カレンダーを睨みつけると、もう八月八日まで一週間を切っている。彼が外を出歩くのを許すのはリスク、ということなのかもしれない。僕と一緒にいるのを見られたのが悪かったのかも。
 家の住所は知っていたから、行ってしまおうか何度も迷った。でも、今の僕が彼に会ったところで何もできないし、会わせて貰えるとも思えない。
 むしろ、これから僕たちがやろうとしていることは誰にも知られないほうがいい。
(冷静に……冷静になれ)
 僕は自分に言い聞かせて、思いついた「僕にできること」をひたすらこなし続けた。