昔の地図で八堂、と書いてあった場所に辿り着く。昔の地図と今の地図でも、近くに流れている小川は変わらないから間違いないはず。
「この辺りのはずなんだけど、……」
見渡してみても、それっぽいものは見つからない。古い木造住宅と、手入れされている畑と、放棄された畑。あとは空き地。
(……何かあるかもって思ったけど)
自分の根拠のない思い付きに神倉くんを巻き込んでしまった、という罪悪感が疼く。
「あ……あ……」
怒ってるんじゃないか、と思って彼を見る。視線があったとき、彼はちょっと首を傾げた。
「どうした?」
「……な、何もないかも。ごめん……」
「別に。この辺が八堂っていったの、俺知らなかったし。知ってたとしてもそれが関係あるなんて思わなかった。調べてくれたんだろ。サンキュな」
「………」
神倉君の言葉は、僕の不安にそっくりそのまま寄り添って、最初からそうあつらわれたものみたいに別のものに変えてしまう。安心とか、嬉しいとか、そういうものに。
僕は照れ臭くなって視線をそらした。すると、遠くて農作業をしているおばさんに気づいた。
「あ……い、一応あの人に聞いてみるね。何か知ってるかも」
言い終わるなり、僕は駆けだした。
「すみません、……すみませーん!」
「うん?」
おばさんは僕に気づいた。そしてその顔が一瞬で笑顔に変わる。
「あれ、誠司くん」
「…………」
知らない人のはずだ。僕がびっくりしてるのを見て、おばさんはけらけらとわかる。
「私、わからん? 実来ちゃんちに何度かお邪魔したことあるのよお」
実来、というのは僕の母さんの名前だ。このおばさんは僕のお母さんの数多い友達のうちの一人らしい。僕の家にも遊びに来たことがあるというから、その時挨拶をしたこともあるんだろう。でもとにかくそんな人は多すぎて、僕にとっては数多くのおばさんというしかない。
「えっと……」
僕がどきまぎしていると、女の人は、
「まあ、実来ちゃん友達多いもんねえ、わからんかあ」
と言ってけらけら笑った。母さんの友達は、あまり細かいことを気にしない人が多い。僕はか細い声で「すみません……」と言った。
「で、どうしたん? 迷子? 帰り道わからんくなったん?」
「あ、いえ……そうじゃなくって」
僕は一泊置いてから言った。母さんの知り合いだったせいでちょっと出ばなをくじかれたけど、言わなきゃいけないことは変わらない。
「あの……この辺りの古い地名についてちょっと調べてて。昔、八堂って呼ばれてたって聞いたんですけど、由来とかってご存じじゃないですか?」
「ええ、古い地名? 学校の宿題?」
「はい、まあ……そうです」
勘違いを力強く肯定する。母さんに知られたら一発でばれそうな嘘だけど、とりあえず今をしのげればいい。
「あれ、お友達と一緒に?」
彼女は神倉くんに気づいて、悪気なく微笑んだ。
「良かったねえ。実来ちゃん喜ぶわあ」
「え、へへ……」
母さんが、僕に友達が出来ないというのをさんざん心配して言いふらしていたせいで、この人もそれを知ってるらしい。自分でもわかってることだけど、他人に言われると恥ずかしすぎる。それも張本人の目の前で。僕はごまかし笑いを浮かべるしかない。
「でも、古い地名ねえ。ごめんねえ、私は知らないわあ」
「そ、そうですか……」
じゃあ、と言って立ち去ろうとした時、
「待って、おばあちゃんなら知ってるかも。今家にいるからおいでよ」
彼女はつけていた軍手をぽいぽいとその辺の袋の上に投げ捨てると、僕たちを手招きする。
「え、あの、でも……」
作業中でしょう、いいです、と、口にしみついた遠慮と逃げ癖が飛び出てきそうになるのを、すんでのところで飲み込む。
手がかりを目の前に、臆病が習慣づいているからって逃げ出すわけにはいかない。
だったら、言わなきゃいけないのは。
「あ……ありがとうございます!」
思わず勢いよく言ってしまった僕に、彼女は「元気だねえ」と言って笑った。
おばさんの家に着いて行って、彼女の母だという人から話を聞くことができた。
「昔、確かにこの辺に八つお堂がある神社があったそうだよ。でも、明治の時代に取り潰されて、遠くに合祀されてしまったから、今はないんだけれどね。
よくある昔話だよ。
江戸の時代に、この村に、一人の綺麗な女性が子供を連れて逃げてきたそうだよ。
彼女はあるお殿様のお妾さんだったんだけれども、ご正室に疎まれて、殺されそうになったから逃げて来たというのさ。
気の毒に思った村人は、山の中に小屋をたてて、そこに住まわせてやったんだ。
そうしたらしばらくして、六人のお侍がお殿様から命令されて、彼女たちを迎えに来たんだよ。
でも、この辺りは豊かな村じゃなかったからね。
山の暮らしっていうのも、まあ質素なものさ。
山でとれたものとか、せいぜいが川魚とか、そんなものしか食べていなかった女の人と子供をみて、怒ったんだ。
高貴な身分の人に、なんという粗末なものを食わせているんだ、ってね。
ぞんざいな扱いは不敬である、っていう理屈で、彼らは村人を次々切り捨てた。
村人が七人殺されたところで、一人の男が山に逃げこんで、女に「止めてくれ。俺たちはあんたを助けたじゃないか」と頼んだが、女は嘲笑った。
「この子は未来のお殿様、その子に米をくれなかったじゃないか。死ぬのは当然の報いさ」
「米なんて、俺達が食う分もありはしない。ただ、俺達と同じものを食わせただけなのに」
男は叫んで、小屋を飛び出した。そうしてそのまま、神さまに誓った。
「神様、あなたは見ていただろう。俺たちが真実、彼女たちに親切であったのを。どうか報いを与えてくれ」
その時、お侍が男を見つけて、そのまま切り殺した。
お侍たちは満足したが、山の神様はちゃんと見ていたんだね。
男の最後の願いを聞き遂げて、お侍たちは、全員泡を吹いて倒れて、その場で死んでしまった。
残された村人は、彼らがたたらないように、八つのお堂を建てて祀った。それでこのあたりを、八堂といったのさ」



