窓を閉め切っていたのでうっすらだけれど、外から、女子生徒の悲鳴が聞こえた気がした。廊下からかもしれない。女の子はなぜ、あんなに高い音が出せるのだろう。
気のせいかと思っていたけれど、安野も顔を上げたので、確信した。
続いて、窓ガラスが割れる音がする。
「なんだろ、喧嘩かな」
暑いだろうか、と一瞬躊躇したのち、窓枠に手をかける。ガラスから熱気が伝わってくるくらいには、気温が高い。窓を開けて身を乗り出してみたけれど、何もわからない。
上履きのままベランダに出ていいっておかしいよな。そう思いながら階下を覗き込むと、隣の教室からも、クラスメイトたちが窓を開けているのが見えた。
やっぱり悲鳴だ。なにかを振り回して暴れているのか、木と木がぶつかるような音もする。
嫌な予感がする。俺にはわかる。というか、知っている。
悲鳴の発生源は下の階のようだった。もう一度、ガラスが割れる音がした。隣で身を乗り出している安野を見ると、さすがに不穏な空気を察したのか、顔がこわばっている。
隣の教室にいた男子生徒が一人、「俺ちょっと見てくる」と階段の方へ歩いて行った。取り残された生徒たちは、こちらを、主に安野を見て不安そうな顔をしている。
「ねえ、なんか変な匂いしない?」
加瀬が言う。熱気に乗って、あの匂いがする。俺はこれを知っている。
「これ、逃げた方がいいやつやわ」
俺が声をかけると、女子生徒は怪訝そうな顔で俺を見た。この前一緒に帰った、加瀬じゃない方だ。名前がわからない。仕方ない、こういうときに人を動かせる人間関係を俺は築いてこなかったのだから。
教室には出入り口が二か所あるし、両サイドは窓ガラスだ。簡単に割れる。ここは三階だから、ベランダから飛び降りることはほとんど不可能だ。足を怪我したりしたらそれこそまずい。それは最終手段だ。
今度は、女子生徒の悲鳴に加えて、男子生徒の叫び声も聞こえた。階段を複数人が上ってくる音がする。
「音と反対に逃げろ」
安野を見ると、まだ何が起こっているのか理解していないようだった。
「おい逃げろ、何してんねん」
なるべく小声で女子生徒に声をかけると、やっとこっちを見た。
「視聴覚室とか、音楽準備室とか、なんでもいいから窓少なめで鍵かかるとこ、ないんか」
「と、図書準備室とか?」
「ほんならそこ行け、三階おったらあかん」
「ちょ、安野君たちは?」
この期に及んで安野か、聞く相手は俺だろうが、と思ったけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「かたまらん方がいい、とにかく籠城しといて」
先ほど様子を見に行った男子生徒が「なんかやばそう」と言いながら走って戻ってきた。廊下に出ると、左側から階段を駆ける音がする。上からなのか下からなのか、入り混じっていてわからない。四階の生徒は気付いているのだろうか。心配だが、わが身の安全が大事だ。
「おい、はよ逃げるぞ、走れる?」
「ま、まって」
脚は安野の方が速いのに、もたついて走れないらしい。足元を見ると、上履きのかかとを踏んでいる。お前もか。普段は品行方正なのに、夏休みだから油断したのか。こういう細かな部分の生活態度が、最終的に生死を決めるというのに。
「ちゃんと履いて、スマホ持ったな
まだおろおろしている安野の手を引いて、右側の階段に向かう。
「俺らもどっか隠れるとこ探すぞ」
「なあ早坂、これってまさか」
「そのまさか、や」
俺は三年前にこれを経験して知っている。あの日は、学校が休みだった。記憶が入り混じっているけれど、日付的には夏休みだった。俺は午前中、友達の家で集まってゲームをしていた。昼飯時になったので解散して、自転車で家に帰っている途中だった。
あいつらはなんというか、特殊な匂いがする。酸っぱいような甘いような、死臭というのだろうか。とにかく嗅いだことのない匂いが風に乗ってきて、強烈な違和感を抱いたのを覚えている。
あのときと、同じ匂いがする。
「どういうこと、学校にいるってこと?」
「わからんけど、そうなんやろな。今は理由考えてる場合じゃない」
幸運なことに、右手の階段には人がいなかった。クラスメイトたちは一足先に、二階の図書準備室とやら、俺は入ったことがないけれどたぶん鍵が閉まるんだろう、そちらに向かった。俺と早坂は一階を目指す。
「あいつら、基本的には足はそんなに速くないんよ。だからとりあえず一階に降りて……どっから来たんやろな、どこにどれだけ生徒がいるんか、ぜんぜんわからんし。先生もいてるんかわからんし」
「え、俺どうしたらいい?」
「逃げる、隠れる、籠城する。襲われる前に殺す。そんだけや」
一階に降りると、廊下の窓が数か所割れているのが見えた。上に向かったのだろうか。安野がついてきていることを確認しながら、渡り廊下を走って隣の校舎に移る。今日だけは廊下を走るのも許してもらいたい。校長室と職員室の隣に、用務員室がある。鍵が開いていた。中を確認すると、無人だった。
実はここには以前から目をつけていた。もし校内でパニックが発生したら、ここに隠れよう、と。
思った通り、少し狭いけれど鍵が内側からかけられる。反対側からは外に逃げられる。玄関でスニーカーを持ってこられたらもっとよかったけれど、上履きを履いているから及第点だ。こういうとき裸足だと、ガラスを踏んだりするから危ない。
施錠して、外に続くドアの鍵も確認し、ついでにカーテンを閉める。
「ラッキー、エアコンある」
走ってきたので、二人とも汗だくだ。安野がジャージをパタパタさせているのを尻目に、設定温度を下げる。
畳一枚分のスペースが小上がりになっている。ここで仮眠をとれるのだろう。小型の冷蔵庫を開けると、中にはペットボトルのお茶と水が入っていた。これは、逃げるときに持っていくために温存したい。
「ウォーターサーバーがあればな」
贅沢を言う安野を尻目に、水道水を口にする。水筒を教室に置いてきてしまった。あるのは財布とスマホだけだ。安野は「疲れた」と言いながら靴を脱いで、小上がりで転がっている。
「なんか、慣れてるね」
「一回見てるからな」
最初からこんなふうに要領よく動けたわけじゃない。前今度同じ目にあったときには間違えない、とずっと自分に言い聞かせてきた。
そのために、大切なものを作らないように生きてきた。
「ニュース、なってる?緊急速報とか」
三年前のあの日は、ニュースになるまでにかなりの時間がかかったことを覚えている。あのときもっと早くみんなが事態を把握して、部屋から出ないように、鍵を閉めるように、人を警戒するように。そう報道されていれば、守られた命はたくさんあったはずだ。
「スマホ、ない」
安野のポケットに入っていたのは、とけかけのチロルチョコだけだった。走ったときに落としたのか。責めても仕方がないので、自分のポケットを探る。今のところ、緊急速報なんかは出ていないようだ。
「いや、でかした。貴重な食料や。冷蔵庫入れとき」
しまった。非常ベルを鳴らしてくるべきだったかもしれない。
廊下に出てベルを押すか?どこにあったか思い出せない。道中のどこかで見た気がするけれど。外壁にもあったか?こういうときに押せなくて、何のためにあるのか。
しかし、ここでリスクは犯したくない。とにかく鍵を開けたくない。ここに籠城して、嵐が過ぎ去るのを待つべきだ。クラスメイトや、その他悲鳴の主なんかは気になるけれど、そういうのを助けに行こうとするから自滅するんだ。出るべきじゃない。
そもそも通報するとして、俺はずっと懸念していることがある。殺していい人間と、保護すべき人間、救助する側からしたら、ぱっと見で見分けがつくのだろうか?
用具入れを開けると、スコップがあった。「いざとなったらこれで戦ってくれ」と、安野にはデッキブラシを渡す。安野にそこまでの勇気があるとは思えないので、護身用だ。まあいい、俺が二人分戦うだけだ。
カーテンの隙間から外を見る。廊下越しに、向かいの校舎が少しだけ見える。目を凝らすと、屋上に人影があるのが見えた。
「屋上に逃げたやつがいるな」
「ヘリコプターとかで助け、来たりして」
「あのスペースでヘリは厳しいかもな。それより、この暑さで屋上はあんまよくないやろ。一応鍵かかるけど、みんな武器もあるんかわからんし。万が一の時飛び降りるわけにもいかんし、影ないし、水もない」
すぐ逃げられるように靴は履いといて、と言うと安野はおとなしく従った。
昼間で助かった。夜の学校は、怖いから嫌だ。
敵は校舎の中にいる。外から襲ってくる可能性は低いと思う。あいつらは、人数のいるところを嗅ぎつけてやってくる。外にいるなら既に市街地に向かっていてもおかしくないが、今のところ、サイレンの類は聞こえない。誰も通報していないのだろうか。誰か気を利かせて、非常ベルを鳴らしてくれ。俺は、責任を負いたくない。
こちらの校舎の一階は比較的安全のようだ。外から足音も聞こえない。かすかに叫び声や、何かを破壊する音がするけれど、あれは多分向かいの校舎だ。
さっきのクラスメイトたちはどうなっただろうか。ちゃんと鍵をかけて、籠城しているだろうか。こんなときくらい、俺の言うことを信じただろうか。図書準備室は確か、向かいの校舎の二階で合ってるはずだ。あまり校舎を探検することもなければ部活もしていないので、学校の隅の方の地図が頭に入っていない。
「こんな時だから、面白い話でもしようぜ」
「小声で頼むわ。あいつら音に反応してんねん。耳がいいから」
「なあ、好きな人とかいんの。やっぱ加瀬?木原?」
「修学旅行ちゃうぞ、木原誰やねん」
「ほら、加瀬と三人で帰ってたやつだって。さっきいただろ。そろそろ覚えてあげて」
「それやったら木原は安野やろ。ちょっと黙っといてくれ」
「やっぱ早坂がツッコミの方がいいな」
ガン、とドアを蹴るような音がした。カーテンの隙間から廊下を見ると、こちらをのぞいている顔と目が合った。顔の皮膚がただれているけれど、ジャージを着ている。辛うじて、うちの生徒だとわかる。
「やばい」
「松田じゃん」
松田。出席番号がふたつ、俺の後ろの。二学期から疎開するという。まだいたのか。
「なんでここにおんねん」
「転校する前に、手伝いに来た、とか」
すごい力でドアを蹴破ろうとしている。そう簡単に壊れないとは思うけれど、鍵がきしむ音がする。壊されるのも時間の問題だ。
スコップを握り、構える。
「安野、仲いいん」
「まあ、普通には」
「なんか、バイタリティあるっぽいぞ」
「陸上部だからな、100mで地区代表になってたことある。あいつが引っ越すから、俺が100mなんだよ」
じゃあ、追いかけられたら勝てないじゃないか。なんならあのタイプは、脳のリミットが外れてスピードアップしている可能性すらある。
「安野はそっから動くなよ。あと念のため、目を手で触ったりとかしないように」
「いや、戦うなら俺の方が強いだろ」
「お前、松田殺せんのか?」
安野が返事に詰まったので、「俺は殺せる」と言って扉を開く。スコップを思いっきり、下から顎に向かって振り上げる。感染者の脳がどうなっているのか知らないが、脳が機能していて動きを司っているというのなら、頭を揺らせば脳震盪になるはずだ。
走ることを生業にしている人間は軽い。
松田が吹っ飛ぶようにして廊下側に倒れたのを見て、左右を確認する。どちらからも、人は来ていない。一人だったようだ。単位が人なのかは知らないけど。
廊下の先に非常ベルがある。迷ったが、押しに行く余裕はない。
スコップでもう一度殴り、頭を潰すと、動かなくなった。用務員室に戻って、すぐに鍵をかける。安野は上履きを履いたまま小上がりに足をあげて、小さくなっていた。
「早坂、それ」
「ああ、あっぶね」
こういう時のために、やはり眼鏡をかけていて正解だった。レンズに血がついていたので、洗面台で洗い流す。手も、石鹸で丁寧に洗う。流しの下にはタオルのストックがある。やはり、用務員室を選んで正解だった。
「戦うより、向こうを閉じ込めて逃げた方が絶対いいんやけど。何人くらいいるんかわからんしな。あいつらどうぜ、ほっといてもしばらくしたら死ぬから。死ぬ前に感染を広げる、っていうゲームしてんねん。人類を滅ぼそうとしてるんかもな。まあウィルスってそういうもんか」
「死んだの?」
「死んだよ。あいつら痛いとか躊躇とかないから、頭狙うの覚えといて。体液に触れると感染するかもしれんから、気を付けて。傷口とか、目とか口から入らんように」
安野がカーテンの隙間から廊下を覗こうとしたので、「見ん方がいい」と制止した。
「なんで、お前は平気なんだよ」
「平気なわけないやろ」
鍵がかかっていることを再度確認し、カーテンを丁寧に閉めなおす。
「あれって、感染したら治らないのか」
「……基本的には」
「治す薬とか、ないんだよな」
「今は、自分が感染しないことだけ考えて。やらんかったらやられるだけや」
手に持ったスコップを確認する。大丈夫、少し古いし血もついたけれど、折れてない。まだ戦える。安野の戦闘力は思った以上に期待できそうにない。俺が戦うしかない。
安野が青ざめて黙ってしまったので、「なんかあったらすぐ起こして」と告げ、少し休むことにした。こういうときは体力の温存が肝心だ。俺は足が速くないから、疲れてしまったら逃げられない。
最悪、安野が逃げる時間だけでも稼がなくては。。
机の引き出しを探すと、ミニサイズの羊羹が二本入っていた。運がいい。「これポッケ入れといて」と安野に投げる。優秀な非常食だ。用務員さんのやつだと思うけれど、今は非常事態なので、ありがたく頂いておく。
「みんな、どうなったんだろ」
早めに救助が来てくれないと、夜になる。夜になると、困る。暗いのは怖いし、あいつらは音もなく襲ってくるから。安野みたいに、律義に挨拶なんてしてこない。
「なんで助け、こんのやろ」
一時間以上が経過している。誰かが非常ベルを鳴らした形跡もない。救助が来ないと言うことは、
・誰も通報してない
・来たけれど、なんらかの理由で帰った
・来れない
このあたりか。もしくは
・救助に来た人間が死んだ
これも、あり得る。
客観的に見れば通報するべきなのはわかっている。しかし、俺の最大の懸念は「感染者と勘違いされて殺される」だ。取り乱している人間と、感染者。走っていたら多分、遠目には見分けがつかない。現状世の中には、感染者なら殺しても致し方ない、正当防衛だ、という空気が蔓延している。実際、俺も今一人殺したところだ。
「みんな、大丈夫なのかな」
「わからんけど、調べに行くのは自殺行為やし。俺、誰の連絡先も知らんし、あとスマホ鳴らすのはあかん。移動もあかん。ここで待ってた方が絶対賢い」
「それは、そうだけど」
図書室に行ったクラスメイトは、無事だろうか。木原と加瀬は。名前を覚えてしまったら、心配するしかないじゃないか。
「安野、お前今彼女おらんよな」
「いないけど、今聞く?」
くそ、教えてやればよかった。
外に走って逃げた方がいいかもしれない。しかしこの場合、外まで追いかけてこられると困るのだ。ウィルスがどこからどうやってきたのかわからないけれど、街中の方に広がられると、厄介になる。建物の中で感染者が暴れている以上、建物の中に封じ込めるほうが効率がいい。
もしかして、救助側はそれを狙っているのか……?
マクロで見ればそうだろうが、冗談じゃない。俺たちは個々の人間なのだ。助かる権利がある。ついさっきクラスメイトを殺してる俺にだって、生きる権利がある。
「俺、トイレ、行きたいかも、ちょっと外でしてきたらダメかな」
「安野、それは死亡フラグやで」
冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出して、小上がりで相変わらず膝を抱えている安野に渡す。「最悪、それを飲み干して使ってくれ」加瀬がくれたチロルチョコも、固まっていたので渡す。安野は大人しくそれを食べて、包み紙を広げると、しばらく眺めていた。
そもそも、外の世界が安全とは限らないのではないか。ニュースサイトを見ても、何も載っていない。もしかしたら、街中には既に感染者が蔓延していて、ニュースどころではない、なんて可能性もあるのだ。
外に走って逃げるか、籠城して静かにしておくか。
スコップを握りなおした瞬間、今度はドアノブをがちゃがちゃ開けようとする音がした。
「誰かいる?」
ドンドンと扉を開こうとする音がする。壊されては困るので、こちらから叩き返す。
「誰や」
「早坂くん?安野くんもいるの?」
「木原か?」
「入れて、追いかけられてる」
彼女が感染していない保証はない。ここからなら正面玄関か、渡り廊下からの途中からグラウンドの方に出ることもできる。走れるのなら、外に出て大人に保護された方がいいのではないか?
「お願い、開けて」
考えている暇はなかった。急いで鍵をあけると、廊下を足音が近づいてくるのが聞こえる。木原を中に入れ、再び鍵を閉める。
「追いかけてきてる、4人くらい、」
「さっきまで一緒にいたやつらは?」
「わかんない、はぐれちゃって」
「外に逃げようとは思わんかったん?」
「正面玄関閉まってたの、多分だけど、学校ごと封じ込めようとしてる」
「やっぱりか」
ドアを外側から蹴られ、木原が甲高い悲鳴を上げる。静かにしろ、と最初に説明しておけばよかった。
「怪我は?嚙まれたりしとらん?」
「ちょっと転んだだけ、加瀬は噛まれて」
加瀬が。安野がこちらを見たが、今はそれどころではない。
「安野、こいつと隅っこにいといて、いざとなったらここの裏から出て正門まで走れ。感染者やと思われたら手荒に扱われるかもしれんから、なるべく普通に歩いて」
高校生四人分のパワーは凄まじい。ドアが蹴破られそうだ。やっぱり体育館倉庫の方が良かったか。カーテンの隙間から廊下を見ると、相手は複数人いる。ドアが大丈夫でも、鍵が折れるのが先だろう。
「俺が出たら、すぐ鍵閉めるんやぞ」
「早坂くんは」
「俺は大丈夫やから、あ、あと木原、安野今彼女おらんらしい」
「は?」
一度思い切りドアを蹴って威嚇してから、ドアを開ける。相手は、4人。思い切りスコップを振り回す。全員、学校のジャージを着ている。色的には同学年だ。男も女もいる。こういう日のために、俺は人の顔と名前を極力一致させないようにしてきたのだ。
黒いストレートの髪。
一瞬、躊躇してしまったのが悪かった。スコップを握った右腕を掴まれ、思い切り噛まれた。のど飴をくれた、水色の爪先。
なるべく頭を狙って、スコップを振り上げる。4人相手はどう考えても分が悪いけれど、武器を持っているのは俺一人だ。
「早坂!」
安野の声がしたので、「はよ鍵閉めろ!」と叫ぶ。
気のせいかと思っていたけれど、安野も顔を上げたので、確信した。
続いて、窓ガラスが割れる音がする。
「なんだろ、喧嘩かな」
暑いだろうか、と一瞬躊躇したのち、窓枠に手をかける。ガラスから熱気が伝わってくるくらいには、気温が高い。窓を開けて身を乗り出してみたけれど、何もわからない。
上履きのままベランダに出ていいっておかしいよな。そう思いながら階下を覗き込むと、隣の教室からも、クラスメイトたちが窓を開けているのが見えた。
やっぱり悲鳴だ。なにかを振り回して暴れているのか、木と木がぶつかるような音もする。
嫌な予感がする。俺にはわかる。というか、知っている。
悲鳴の発生源は下の階のようだった。もう一度、ガラスが割れる音がした。隣で身を乗り出している安野を見ると、さすがに不穏な空気を察したのか、顔がこわばっている。
隣の教室にいた男子生徒が一人、「俺ちょっと見てくる」と階段の方へ歩いて行った。取り残された生徒たちは、こちらを、主に安野を見て不安そうな顔をしている。
「ねえ、なんか変な匂いしない?」
加瀬が言う。熱気に乗って、あの匂いがする。俺はこれを知っている。
「これ、逃げた方がいいやつやわ」
俺が声をかけると、女子生徒は怪訝そうな顔で俺を見た。この前一緒に帰った、加瀬じゃない方だ。名前がわからない。仕方ない、こういうときに人を動かせる人間関係を俺は築いてこなかったのだから。
教室には出入り口が二か所あるし、両サイドは窓ガラスだ。簡単に割れる。ここは三階だから、ベランダから飛び降りることはほとんど不可能だ。足を怪我したりしたらそれこそまずい。それは最終手段だ。
今度は、女子生徒の悲鳴に加えて、男子生徒の叫び声も聞こえた。階段を複数人が上ってくる音がする。
「音と反対に逃げろ」
安野を見ると、まだ何が起こっているのか理解していないようだった。
「おい逃げろ、何してんねん」
なるべく小声で女子生徒に声をかけると、やっとこっちを見た。
「視聴覚室とか、音楽準備室とか、なんでもいいから窓少なめで鍵かかるとこ、ないんか」
「と、図書準備室とか?」
「ほんならそこ行け、三階おったらあかん」
「ちょ、安野君たちは?」
この期に及んで安野か、聞く相手は俺だろうが、と思ったけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「かたまらん方がいい、とにかく籠城しといて」
先ほど様子を見に行った男子生徒が「なんかやばそう」と言いながら走って戻ってきた。廊下に出ると、左側から階段を駆ける音がする。上からなのか下からなのか、入り混じっていてわからない。四階の生徒は気付いているのだろうか。心配だが、わが身の安全が大事だ。
「おい、はよ逃げるぞ、走れる?」
「ま、まって」
脚は安野の方が速いのに、もたついて走れないらしい。足元を見ると、上履きのかかとを踏んでいる。お前もか。普段は品行方正なのに、夏休みだから油断したのか。こういう細かな部分の生活態度が、最終的に生死を決めるというのに。
「ちゃんと履いて、スマホ持ったな
まだおろおろしている安野の手を引いて、右側の階段に向かう。
「俺らもどっか隠れるとこ探すぞ」
「なあ早坂、これってまさか」
「そのまさか、や」
俺は三年前にこれを経験して知っている。あの日は、学校が休みだった。記憶が入り混じっているけれど、日付的には夏休みだった。俺は午前中、友達の家で集まってゲームをしていた。昼飯時になったので解散して、自転車で家に帰っている途中だった。
あいつらはなんというか、特殊な匂いがする。酸っぱいような甘いような、死臭というのだろうか。とにかく嗅いだことのない匂いが風に乗ってきて、強烈な違和感を抱いたのを覚えている。
あのときと、同じ匂いがする。
「どういうこと、学校にいるってこと?」
「わからんけど、そうなんやろな。今は理由考えてる場合じゃない」
幸運なことに、右手の階段には人がいなかった。クラスメイトたちは一足先に、二階の図書準備室とやら、俺は入ったことがないけれどたぶん鍵が閉まるんだろう、そちらに向かった。俺と早坂は一階を目指す。
「あいつら、基本的には足はそんなに速くないんよ。だからとりあえず一階に降りて……どっから来たんやろな、どこにどれだけ生徒がいるんか、ぜんぜんわからんし。先生もいてるんかわからんし」
「え、俺どうしたらいい?」
「逃げる、隠れる、籠城する。襲われる前に殺す。そんだけや」
一階に降りると、廊下の窓が数か所割れているのが見えた。上に向かったのだろうか。安野がついてきていることを確認しながら、渡り廊下を走って隣の校舎に移る。今日だけは廊下を走るのも許してもらいたい。校長室と職員室の隣に、用務員室がある。鍵が開いていた。中を確認すると、無人だった。
実はここには以前から目をつけていた。もし校内でパニックが発生したら、ここに隠れよう、と。
思った通り、少し狭いけれど鍵が内側からかけられる。反対側からは外に逃げられる。玄関でスニーカーを持ってこられたらもっとよかったけれど、上履きを履いているから及第点だ。こういうとき裸足だと、ガラスを踏んだりするから危ない。
施錠して、外に続くドアの鍵も確認し、ついでにカーテンを閉める。
「ラッキー、エアコンある」
走ってきたので、二人とも汗だくだ。安野がジャージをパタパタさせているのを尻目に、設定温度を下げる。
畳一枚分のスペースが小上がりになっている。ここで仮眠をとれるのだろう。小型の冷蔵庫を開けると、中にはペットボトルのお茶と水が入っていた。これは、逃げるときに持っていくために温存したい。
「ウォーターサーバーがあればな」
贅沢を言う安野を尻目に、水道水を口にする。水筒を教室に置いてきてしまった。あるのは財布とスマホだけだ。安野は「疲れた」と言いながら靴を脱いで、小上がりで転がっている。
「なんか、慣れてるね」
「一回見てるからな」
最初からこんなふうに要領よく動けたわけじゃない。前今度同じ目にあったときには間違えない、とずっと自分に言い聞かせてきた。
そのために、大切なものを作らないように生きてきた。
「ニュース、なってる?緊急速報とか」
三年前のあの日は、ニュースになるまでにかなりの時間がかかったことを覚えている。あのときもっと早くみんなが事態を把握して、部屋から出ないように、鍵を閉めるように、人を警戒するように。そう報道されていれば、守られた命はたくさんあったはずだ。
「スマホ、ない」
安野のポケットに入っていたのは、とけかけのチロルチョコだけだった。走ったときに落としたのか。責めても仕方がないので、自分のポケットを探る。今のところ、緊急速報なんかは出ていないようだ。
「いや、でかした。貴重な食料や。冷蔵庫入れとき」
しまった。非常ベルを鳴らしてくるべきだったかもしれない。
廊下に出てベルを押すか?どこにあったか思い出せない。道中のどこかで見た気がするけれど。外壁にもあったか?こういうときに押せなくて、何のためにあるのか。
しかし、ここでリスクは犯したくない。とにかく鍵を開けたくない。ここに籠城して、嵐が過ぎ去るのを待つべきだ。クラスメイトや、その他悲鳴の主なんかは気になるけれど、そういうのを助けに行こうとするから自滅するんだ。出るべきじゃない。
そもそも通報するとして、俺はずっと懸念していることがある。殺していい人間と、保護すべき人間、救助する側からしたら、ぱっと見で見分けがつくのだろうか?
用具入れを開けると、スコップがあった。「いざとなったらこれで戦ってくれ」と、安野にはデッキブラシを渡す。安野にそこまでの勇気があるとは思えないので、護身用だ。まあいい、俺が二人分戦うだけだ。
カーテンの隙間から外を見る。廊下越しに、向かいの校舎が少しだけ見える。目を凝らすと、屋上に人影があるのが見えた。
「屋上に逃げたやつがいるな」
「ヘリコプターとかで助け、来たりして」
「あのスペースでヘリは厳しいかもな。それより、この暑さで屋上はあんまよくないやろ。一応鍵かかるけど、みんな武器もあるんかわからんし。万が一の時飛び降りるわけにもいかんし、影ないし、水もない」
すぐ逃げられるように靴は履いといて、と言うと安野はおとなしく従った。
昼間で助かった。夜の学校は、怖いから嫌だ。
敵は校舎の中にいる。外から襲ってくる可能性は低いと思う。あいつらは、人数のいるところを嗅ぎつけてやってくる。外にいるなら既に市街地に向かっていてもおかしくないが、今のところ、サイレンの類は聞こえない。誰も通報していないのだろうか。誰か気を利かせて、非常ベルを鳴らしてくれ。俺は、責任を負いたくない。
こちらの校舎の一階は比較的安全のようだ。外から足音も聞こえない。かすかに叫び声や、何かを破壊する音がするけれど、あれは多分向かいの校舎だ。
さっきのクラスメイトたちはどうなっただろうか。ちゃんと鍵をかけて、籠城しているだろうか。こんなときくらい、俺の言うことを信じただろうか。図書準備室は確か、向かいの校舎の二階で合ってるはずだ。あまり校舎を探検することもなければ部活もしていないので、学校の隅の方の地図が頭に入っていない。
「こんな時だから、面白い話でもしようぜ」
「小声で頼むわ。あいつら音に反応してんねん。耳がいいから」
「なあ、好きな人とかいんの。やっぱ加瀬?木原?」
「修学旅行ちゃうぞ、木原誰やねん」
「ほら、加瀬と三人で帰ってたやつだって。さっきいただろ。そろそろ覚えてあげて」
「それやったら木原は安野やろ。ちょっと黙っといてくれ」
「やっぱ早坂がツッコミの方がいいな」
ガン、とドアを蹴るような音がした。カーテンの隙間から廊下を見ると、こちらをのぞいている顔と目が合った。顔の皮膚がただれているけれど、ジャージを着ている。辛うじて、うちの生徒だとわかる。
「やばい」
「松田じゃん」
松田。出席番号がふたつ、俺の後ろの。二学期から疎開するという。まだいたのか。
「なんでここにおんねん」
「転校する前に、手伝いに来た、とか」
すごい力でドアを蹴破ろうとしている。そう簡単に壊れないとは思うけれど、鍵がきしむ音がする。壊されるのも時間の問題だ。
スコップを握り、構える。
「安野、仲いいん」
「まあ、普通には」
「なんか、バイタリティあるっぽいぞ」
「陸上部だからな、100mで地区代表になってたことある。あいつが引っ越すから、俺が100mなんだよ」
じゃあ、追いかけられたら勝てないじゃないか。なんならあのタイプは、脳のリミットが外れてスピードアップしている可能性すらある。
「安野はそっから動くなよ。あと念のため、目を手で触ったりとかしないように」
「いや、戦うなら俺の方が強いだろ」
「お前、松田殺せんのか?」
安野が返事に詰まったので、「俺は殺せる」と言って扉を開く。スコップを思いっきり、下から顎に向かって振り上げる。感染者の脳がどうなっているのか知らないが、脳が機能していて動きを司っているというのなら、頭を揺らせば脳震盪になるはずだ。
走ることを生業にしている人間は軽い。
松田が吹っ飛ぶようにして廊下側に倒れたのを見て、左右を確認する。どちらからも、人は来ていない。一人だったようだ。単位が人なのかは知らないけど。
廊下の先に非常ベルがある。迷ったが、押しに行く余裕はない。
スコップでもう一度殴り、頭を潰すと、動かなくなった。用務員室に戻って、すぐに鍵をかける。安野は上履きを履いたまま小上がりに足をあげて、小さくなっていた。
「早坂、それ」
「ああ、あっぶね」
こういう時のために、やはり眼鏡をかけていて正解だった。レンズに血がついていたので、洗面台で洗い流す。手も、石鹸で丁寧に洗う。流しの下にはタオルのストックがある。やはり、用務員室を選んで正解だった。
「戦うより、向こうを閉じ込めて逃げた方が絶対いいんやけど。何人くらいいるんかわからんしな。あいつらどうぜ、ほっといてもしばらくしたら死ぬから。死ぬ前に感染を広げる、っていうゲームしてんねん。人類を滅ぼそうとしてるんかもな。まあウィルスってそういうもんか」
「死んだの?」
「死んだよ。あいつら痛いとか躊躇とかないから、頭狙うの覚えといて。体液に触れると感染するかもしれんから、気を付けて。傷口とか、目とか口から入らんように」
安野がカーテンの隙間から廊下を覗こうとしたので、「見ん方がいい」と制止した。
「なんで、お前は平気なんだよ」
「平気なわけないやろ」
鍵がかかっていることを再度確認し、カーテンを丁寧に閉めなおす。
「あれって、感染したら治らないのか」
「……基本的には」
「治す薬とか、ないんだよな」
「今は、自分が感染しないことだけ考えて。やらんかったらやられるだけや」
手に持ったスコップを確認する。大丈夫、少し古いし血もついたけれど、折れてない。まだ戦える。安野の戦闘力は思った以上に期待できそうにない。俺が戦うしかない。
安野が青ざめて黙ってしまったので、「なんかあったらすぐ起こして」と告げ、少し休むことにした。こういうときは体力の温存が肝心だ。俺は足が速くないから、疲れてしまったら逃げられない。
最悪、安野が逃げる時間だけでも稼がなくては。。
机の引き出しを探すと、ミニサイズの羊羹が二本入っていた。運がいい。「これポッケ入れといて」と安野に投げる。優秀な非常食だ。用務員さんのやつだと思うけれど、今は非常事態なので、ありがたく頂いておく。
「みんな、どうなったんだろ」
早めに救助が来てくれないと、夜になる。夜になると、困る。暗いのは怖いし、あいつらは音もなく襲ってくるから。安野みたいに、律義に挨拶なんてしてこない。
「なんで助け、こんのやろ」
一時間以上が経過している。誰かが非常ベルを鳴らした形跡もない。救助が来ないと言うことは、
・誰も通報してない
・来たけれど、なんらかの理由で帰った
・来れない
このあたりか。もしくは
・救助に来た人間が死んだ
これも、あり得る。
客観的に見れば通報するべきなのはわかっている。しかし、俺の最大の懸念は「感染者と勘違いされて殺される」だ。取り乱している人間と、感染者。走っていたら多分、遠目には見分けがつかない。現状世の中には、感染者なら殺しても致し方ない、正当防衛だ、という空気が蔓延している。実際、俺も今一人殺したところだ。
「みんな、大丈夫なのかな」
「わからんけど、調べに行くのは自殺行為やし。俺、誰の連絡先も知らんし、あとスマホ鳴らすのはあかん。移動もあかん。ここで待ってた方が絶対賢い」
「それは、そうだけど」
図書室に行ったクラスメイトは、無事だろうか。木原と加瀬は。名前を覚えてしまったら、心配するしかないじゃないか。
「安野、お前今彼女おらんよな」
「いないけど、今聞く?」
くそ、教えてやればよかった。
外に走って逃げた方がいいかもしれない。しかしこの場合、外まで追いかけてこられると困るのだ。ウィルスがどこからどうやってきたのかわからないけれど、街中の方に広がられると、厄介になる。建物の中で感染者が暴れている以上、建物の中に封じ込めるほうが効率がいい。
もしかして、救助側はそれを狙っているのか……?
マクロで見ればそうだろうが、冗談じゃない。俺たちは個々の人間なのだ。助かる権利がある。ついさっきクラスメイトを殺してる俺にだって、生きる権利がある。
「俺、トイレ、行きたいかも、ちょっと外でしてきたらダメかな」
「安野、それは死亡フラグやで」
冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出して、小上がりで相変わらず膝を抱えている安野に渡す。「最悪、それを飲み干して使ってくれ」加瀬がくれたチロルチョコも、固まっていたので渡す。安野は大人しくそれを食べて、包み紙を広げると、しばらく眺めていた。
そもそも、外の世界が安全とは限らないのではないか。ニュースサイトを見ても、何も載っていない。もしかしたら、街中には既に感染者が蔓延していて、ニュースどころではない、なんて可能性もあるのだ。
外に走って逃げるか、籠城して静かにしておくか。
スコップを握りなおした瞬間、今度はドアノブをがちゃがちゃ開けようとする音がした。
「誰かいる?」
ドンドンと扉を開こうとする音がする。壊されては困るので、こちらから叩き返す。
「誰や」
「早坂くん?安野くんもいるの?」
「木原か?」
「入れて、追いかけられてる」
彼女が感染していない保証はない。ここからなら正面玄関か、渡り廊下からの途中からグラウンドの方に出ることもできる。走れるのなら、外に出て大人に保護された方がいいのではないか?
「お願い、開けて」
考えている暇はなかった。急いで鍵をあけると、廊下を足音が近づいてくるのが聞こえる。木原を中に入れ、再び鍵を閉める。
「追いかけてきてる、4人くらい、」
「さっきまで一緒にいたやつらは?」
「わかんない、はぐれちゃって」
「外に逃げようとは思わんかったん?」
「正面玄関閉まってたの、多分だけど、学校ごと封じ込めようとしてる」
「やっぱりか」
ドアを外側から蹴られ、木原が甲高い悲鳴を上げる。静かにしろ、と最初に説明しておけばよかった。
「怪我は?嚙まれたりしとらん?」
「ちょっと転んだだけ、加瀬は噛まれて」
加瀬が。安野がこちらを見たが、今はそれどころではない。
「安野、こいつと隅っこにいといて、いざとなったらここの裏から出て正門まで走れ。感染者やと思われたら手荒に扱われるかもしれんから、なるべく普通に歩いて」
高校生四人分のパワーは凄まじい。ドアが蹴破られそうだ。やっぱり体育館倉庫の方が良かったか。カーテンの隙間から廊下を見ると、相手は複数人いる。ドアが大丈夫でも、鍵が折れるのが先だろう。
「俺が出たら、すぐ鍵閉めるんやぞ」
「早坂くんは」
「俺は大丈夫やから、あ、あと木原、安野今彼女おらんらしい」
「は?」
一度思い切りドアを蹴って威嚇してから、ドアを開ける。相手は、4人。思い切りスコップを振り回す。全員、学校のジャージを着ている。色的には同学年だ。男も女もいる。こういう日のために、俺は人の顔と名前を極力一致させないようにしてきたのだ。
黒いストレートの髪。
一瞬、躊躇してしまったのが悪かった。スコップを握った右腕を掴まれ、思い切り噛まれた。のど飴をくれた、水色の爪先。
なるべく頭を狙って、スコップを振り上げる。4人相手はどう考えても分が悪いけれど、武器を持っているのは俺一人だ。
「早坂!」
安野の声がしたので、「はよ鍵閉めろ!」と叫ぶ。
