「僕ね、最近気になってることがあるんですよ」
「おう、なんや。ゆうてみ」
「お前さ、前からこんな顔の傷あったっけ?」
「自分なぁ、昭和からタイムスリップしてきたん?今どき人の身体的特徴を弄るんはコンプラ的にアウトやぞ。あ、今動画撮ってらっしゃるみなさん、これネットに上げないでくださいね。センシティブ判定でBANされますから」
「あ、お前ってセンシティブ判定なんだ?」
「そらそうやろ。え自分、もしかしてこの状況、見えてない感じ?」
「この状況って?」
「あちゃ~、そっちの民やったか~」
「相方のこと民って呼ぶのやめれる?」
「いやね僕今、バカにしか見えない服着てるじゃないですか。だから客席の皆さんから見ると僕全裸なんですけど、そっかー、お前から見えてる俺って、服着てるんやな。そっかそっか。いいと思うで」
「え客席から見たら全裸なの?それ、自分からはどう見えてんの?」
「もちろん全裸やで」
「自信満々に言うのやめれる?」
受験と被っていたので、俺は卒業式に出られなかった。クラスで打ち上げがあったのかどうかも知らない。安野は結局、最初に考えていた大学ではなくなったが、指定校推薦で行けるところに無事決まった。早々に受験を終えていたけれど、最後まで品行方正を貫くため、と真面目に授業を受けていた。
俺はというと、安野のアドバイスに従い、得意科目だけで通れる大学に絞って受験した。結果いくつかの合格をもらい、どこを選ぶか悩むくらいだった。
髪を切ったところ、純粋に視界が良くなったので勉強効率が上がった。シャンプーの時間も減った気がする。もっと早く切ればよかった。
「やりたいことで選ぶべきなんじゃないかな」
叔父からのアドバイスは至極真っ当だったが、行きたい大学もやりたい勉強も、俺には特になかった。やりたいことがないから受験勉強していただけだ。だいたい、17,8歳でみんなそんなに、やりたいことなんて見つかるものなのだろうか。
両親の残してくれた貯金の金額を見たら、これはきっと俺が大学まで行けますように、という願いを込めて貯めてくれたものなんだろうな、と思った。だから、進学しない選択はない。進みたい分野が見つからないのは残念だけれど、正直なところ、両親のいない生活に慣れるだけでもまだ精一杯だ。せめて、両親が俺に勉強してほしかったのなら、勉強にお金を使うのが親孝行、というものだろう。
「漫才はやりたいことに入らないんですかー」
「もちろん楽しいよ。でも、今すぐそっちに人生賭けろ、は俺は無理やねん。俺ら、そんな賢くないやん。子供やし。俺は今の俺の判断を信じきれん」
「早坂は真面目だなー」
「安野はのん気やな」
卒業式が終わって少し経ってから、学校に進学の報告に行った。いけ好かない担任だったが、俺が無事受験を終えたことを話すと顔を綻ばせ、遠くの席に座っていた学年主任も「よかったなぁ!」と声をかけてくれた。
俺の態度が悪かったから、遠巻きにされていただけなのかもしれない。
安野に誘われて、高校生活で初めてカラオケに行った。クラスメイト十人くらいが参加するとは聞いたけれど、見事に喋ったことのない相手ばかりだった。たぶん向こうも「こいつ、カラオケとか来るんだ」と思っていただろう。
「早坂くん来てくれて嬉しい!」
と木原が大声で言ってくれなかったら、もっと気まずい空気になっていたに違いない。
カラオケボックスはでかい声出しても大丈夫だから、みんなの前で漫才やろうぜ!と言い出したのは安野だった。
そうはいってもネタを考えるのは俺で、安野はとっくに受験を終えている。仕方がないので、息抜きに少しずつ作った台本を安野に渡し、繰り返し練習して丸暗記しておくように言った。
二人での練習はあまりできなかったけれど、漫才とは本来会話である。会話は関係性から生まれるものなので、極論、会話のテンポが合って信頼関係があればなんとかなるのでは、というのが俺の持論だ。つまり、俺たちは大丈夫だ。
「俺らの馴れ初め、話していいですかね?みんな知りたいやろ?」
「馴れ初めって言い方がちょっと気色悪いけど、まあいいよ」
「なんと、痴漢なんですよね」
「それだと俺がお前に痴漢したみたいに聞こえるよね」
「そんでなんやかんやあって、駅でナンパされて、今に至ります」
「ん~~嘘はついてないけど、端折りすぎかな」
「お兄さん今帰り?俺のこと知ってるよな?家こっちなん?飯いかへん?」
「ん~~言い方はだいぶきしょいけど、合ってますね」
賞レースに出るわけでもなければ、学祭でやるわけでもない。最初で最後の、ほんの10人程度のクラスメイトのためにつくった、俺と安野の、初めての漫才。
「早坂、超喋るじゃん」
「自分から漫才やります!ゆうて喋らん奴の方がやばいやろ」
喋ったことのないクラスメイトにも話しかけられた。関西弁は、隠さないことにした。どうせもう卒業だから、というのもあるけれど、イントネーションが原因で陰口を言われるなんて、言う方が悪いに決まっている。
どの地域でも一定数感染者は出ている。俺が根暗な顔してもごもごしているから、余計に印象が悪くなるのだ。開き直って堂々としておくことにした。関西弁で何が悪い。これから喋りで天下を取ろうと言うのに。
「どっちがネタ考えてるの?」
と後で木原に聞かれたので、俺だよ、と答えたら、「早坂ってあんなドヤ顔で下ネタみたいなこと言うんだね」と漫才中より笑っていた。「下ネタは賞レースに出されへんから、最初で最後や。よかったな」と言ったらもっと笑っていた。
面白いネタが書けたとは思っていないけれど、クラスメイトが笑ってくれたのなら、身内笑いでもいいんじゃないか?という気持ちが芽生えた。少なくとも、俺たちの目的は人を笑わせることなのだから。
カラオケで解散して、電車に乗って帰る。この路線を使うのも、あと数えるほどだ。初めて話した時に入ったマックの、二階の奥のテーブルに、二人で腰掛ける。
「二部屋は、絶対要るよな」
「2LDKとは言わんけど、2DKは要るね」
「俺、料理できるようになりたいから、コンロ二つほしい」
「俺は毎日湯船浸かりたいから、風呂でかい方がいい」
「俺、シャワーだけとかでいいから、銭湯の近くがいい!」
「え俺銭湯無理」
「なんで?一緒に行こうよ」
「あほか、俺の傷は顔だけちゃうねんぞ。背中も噛み傷とかひっかき傷だらけやねん。その上、顔に傷あるやつ銭湯行ったら不審者やろ」
「え~、風呂上りに牛乳飲んだりしようよ~」
奨学金に研究機関からの協力費を合わせれば、一人暮らしを賄えそうな金額にはなったけれど、将来養成所に通う資金としてとっておくことにした。
安野の母親は、安野が関東に残ることにずいぶんと難色を示していたらしいが、父親の「まあ、やってみればいいんじゃない」「心配なら寮母さんのいるところを探すとか」という助言のおかげで、東京に残ることになった。結果、一人暮らしよりルームシェアの方が社会勉強になるでしょう、と、母親からの許可も下りた。
安野と同じ大学には入れなかったけれど、通学圏が被りそうなところから選んだ。安野には「そこはやりたいことで選ぶべきでは?」と言われたので「じゃあ俺は安野と漫才がやりたい」と返すと、満足そうだった。
「大学入ったら、漫才サークルとか探す?」
「そしたら、大学ん中で相方探すことにならん?」
「そっかー、じゃあ落研とか?」
「いいやん。今度浅草の寄席行こ」
「うわ、超いい!俺そういうのやりたかったんだよね」
髪を切って伊達眼鏡をやめたら、視界が随分と開けた。空は、こんなに広かったのか。どこに続いているのかはわからないけれど、行けるところまで行ってみよう、と思った。
「おう、なんや。ゆうてみ」
「お前さ、前からこんな顔の傷あったっけ?」
「自分なぁ、昭和からタイムスリップしてきたん?今どき人の身体的特徴を弄るんはコンプラ的にアウトやぞ。あ、今動画撮ってらっしゃるみなさん、これネットに上げないでくださいね。センシティブ判定でBANされますから」
「あ、お前ってセンシティブ判定なんだ?」
「そらそうやろ。え自分、もしかしてこの状況、見えてない感じ?」
「この状況って?」
「あちゃ~、そっちの民やったか~」
「相方のこと民って呼ぶのやめれる?」
「いやね僕今、バカにしか見えない服着てるじゃないですか。だから客席の皆さんから見ると僕全裸なんですけど、そっかー、お前から見えてる俺って、服着てるんやな。そっかそっか。いいと思うで」
「え客席から見たら全裸なの?それ、自分からはどう見えてんの?」
「もちろん全裸やで」
「自信満々に言うのやめれる?」
受験と被っていたので、俺は卒業式に出られなかった。クラスで打ち上げがあったのかどうかも知らない。安野は結局、最初に考えていた大学ではなくなったが、指定校推薦で行けるところに無事決まった。早々に受験を終えていたけれど、最後まで品行方正を貫くため、と真面目に授業を受けていた。
俺はというと、安野のアドバイスに従い、得意科目だけで通れる大学に絞って受験した。結果いくつかの合格をもらい、どこを選ぶか悩むくらいだった。
髪を切ったところ、純粋に視界が良くなったので勉強効率が上がった。シャンプーの時間も減った気がする。もっと早く切ればよかった。
「やりたいことで選ぶべきなんじゃないかな」
叔父からのアドバイスは至極真っ当だったが、行きたい大学もやりたい勉強も、俺には特になかった。やりたいことがないから受験勉強していただけだ。だいたい、17,8歳でみんなそんなに、やりたいことなんて見つかるものなのだろうか。
両親の残してくれた貯金の金額を見たら、これはきっと俺が大学まで行けますように、という願いを込めて貯めてくれたものなんだろうな、と思った。だから、進学しない選択はない。進みたい分野が見つからないのは残念だけれど、正直なところ、両親のいない生活に慣れるだけでもまだ精一杯だ。せめて、両親が俺に勉強してほしかったのなら、勉強にお金を使うのが親孝行、というものだろう。
「漫才はやりたいことに入らないんですかー」
「もちろん楽しいよ。でも、今すぐそっちに人生賭けろ、は俺は無理やねん。俺ら、そんな賢くないやん。子供やし。俺は今の俺の判断を信じきれん」
「早坂は真面目だなー」
「安野はのん気やな」
卒業式が終わって少し経ってから、学校に進学の報告に行った。いけ好かない担任だったが、俺が無事受験を終えたことを話すと顔を綻ばせ、遠くの席に座っていた学年主任も「よかったなぁ!」と声をかけてくれた。
俺の態度が悪かったから、遠巻きにされていただけなのかもしれない。
安野に誘われて、高校生活で初めてカラオケに行った。クラスメイト十人くらいが参加するとは聞いたけれど、見事に喋ったことのない相手ばかりだった。たぶん向こうも「こいつ、カラオケとか来るんだ」と思っていただろう。
「早坂くん来てくれて嬉しい!」
と木原が大声で言ってくれなかったら、もっと気まずい空気になっていたに違いない。
カラオケボックスはでかい声出しても大丈夫だから、みんなの前で漫才やろうぜ!と言い出したのは安野だった。
そうはいってもネタを考えるのは俺で、安野はとっくに受験を終えている。仕方がないので、息抜きに少しずつ作った台本を安野に渡し、繰り返し練習して丸暗記しておくように言った。
二人での練習はあまりできなかったけれど、漫才とは本来会話である。会話は関係性から生まれるものなので、極論、会話のテンポが合って信頼関係があればなんとかなるのでは、というのが俺の持論だ。つまり、俺たちは大丈夫だ。
「俺らの馴れ初め、話していいですかね?みんな知りたいやろ?」
「馴れ初めって言い方がちょっと気色悪いけど、まあいいよ」
「なんと、痴漢なんですよね」
「それだと俺がお前に痴漢したみたいに聞こえるよね」
「そんでなんやかんやあって、駅でナンパされて、今に至ります」
「ん~~嘘はついてないけど、端折りすぎかな」
「お兄さん今帰り?俺のこと知ってるよな?家こっちなん?飯いかへん?」
「ん~~言い方はだいぶきしょいけど、合ってますね」
賞レースに出るわけでもなければ、学祭でやるわけでもない。最初で最後の、ほんの10人程度のクラスメイトのためにつくった、俺と安野の、初めての漫才。
「早坂、超喋るじゃん」
「自分から漫才やります!ゆうて喋らん奴の方がやばいやろ」
喋ったことのないクラスメイトにも話しかけられた。関西弁は、隠さないことにした。どうせもう卒業だから、というのもあるけれど、イントネーションが原因で陰口を言われるなんて、言う方が悪いに決まっている。
どの地域でも一定数感染者は出ている。俺が根暗な顔してもごもごしているから、余計に印象が悪くなるのだ。開き直って堂々としておくことにした。関西弁で何が悪い。これから喋りで天下を取ろうと言うのに。
「どっちがネタ考えてるの?」
と後で木原に聞かれたので、俺だよ、と答えたら、「早坂ってあんなドヤ顔で下ネタみたいなこと言うんだね」と漫才中より笑っていた。「下ネタは賞レースに出されへんから、最初で最後や。よかったな」と言ったらもっと笑っていた。
面白いネタが書けたとは思っていないけれど、クラスメイトが笑ってくれたのなら、身内笑いでもいいんじゃないか?という気持ちが芽生えた。少なくとも、俺たちの目的は人を笑わせることなのだから。
カラオケで解散して、電車に乗って帰る。この路線を使うのも、あと数えるほどだ。初めて話した時に入ったマックの、二階の奥のテーブルに、二人で腰掛ける。
「二部屋は、絶対要るよな」
「2LDKとは言わんけど、2DKは要るね」
「俺、料理できるようになりたいから、コンロ二つほしい」
「俺は毎日湯船浸かりたいから、風呂でかい方がいい」
「俺、シャワーだけとかでいいから、銭湯の近くがいい!」
「え俺銭湯無理」
「なんで?一緒に行こうよ」
「あほか、俺の傷は顔だけちゃうねんぞ。背中も噛み傷とかひっかき傷だらけやねん。その上、顔に傷あるやつ銭湯行ったら不審者やろ」
「え~、風呂上りに牛乳飲んだりしようよ~」
奨学金に研究機関からの協力費を合わせれば、一人暮らしを賄えそうな金額にはなったけれど、将来養成所に通う資金としてとっておくことにした。
安野の母親は、安野が関東に残ることにずいぶんと難色を示していたらしいが、父親の「まあ、やってみればいいんじゃない」「心配なら寮母さんのいるところを探すとか」という助言のおかげで、東京に残ることになった。結果、一人暮らしよりルームシェアの方が社会勉強になるでしょう、と、母親からの許可も下りた。
安野と同じ大学には入れなかったけれど、通学圏が被りそうなところから選んだ。安野には「そこはやりたいことで選ぶべきでは?」と言われたので「じゃあ俺は安野と漫才がやりたい」と返すと、満足そうだった。
「大学入ったら、漫才サークルとか探す?」
「そしたら、大学ん中で相方探すことにならん?」
「そっかー、じゃあ落研とか?」
「いいやん。今度浅草の寄席行こ」
「うわ、超いい!俺そういうのやりたかったんだよね」
髪を切って伊達眼鏡をやめたら、視界が随分と開けた。空は、こんなに広かったのか。どこに続いているのかはわからないけれど、行けるところまで行ってみよう、と思った。
