アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 


「……あの後。
 "依代"……あの少年を抱いて分所を脱出した総次郎は、里へ下りる道中に江戸へ向かう蘭方医と遭遇。
「家なき幼子」とだけ説明し、治療と……出来ればこのまま引き取って貰えぬかと交渉していました。
 蘭方医は了承。一度里まで同行し、数日治療して貰いがてら過ごした後、彼は分所へ戻りました。
 少年は、…… 此処はまぁ、良いでしょう」

 頭内の報告書を其処まで言葉に紡ぎ、鍬刃はゆるりと目を開く。
 ……薄明差し込む襖の隙間を背に、行燈に揺れる鴉獄の顔は酷く青褪めている。

「"鬼神"……し乃雪が……?」
「さて、……如何でしょうね?」

 絞り出された言の葉に、鍬刃は淡々と返す。

「我々が新吉原で彼を発見した時、彼は見てくれ以外はほぼ普通の"陰間"でした。
 良く笑い、良く飯を食い、手練手管が妙に上手い。
 そして酷く博識で、"妖"に近しい。
 あの「し乃雪太夫」でした。
 ……あの蘭方医が何をしたのかは存じませんがね。

 少なくとも、彼が鬼神の兆候を見せたのは後にも先にもあれ一度きりです」

 少しばかり首を傾け、コキと鳴らす。
 其の目が鴉獄を捉え。

「怖気づきました?」
「……否、そうでは、無く」

 冷や汗を拭う鴉獄。
 動悸を押さえる様に、一つだけ、大きく呼吸し。
 今一度、其の金の瞳が真っ直ぐ鍬刃に向いた。

「嗚呼、何故かは分かりませぬ……
 し乃雪が、……あの「し乃雪」が、」

 ――― 俺と、似ていた。

 言い掛け、呑み込む。
 其の感情は禁忌であると、知っている。
 溢れかけた其れを、溜息で追い出し。

「…… 余りにも、惨過ぎる」

 鍬刃は、目を細めた。
 恐らく、"禁忌"の其れに気付いているのであろう…… 呑み込んだ事も。


「何れにせよ、」
「、」
「氷雨衆の監視理由はこれが総てです。
 陰陽寮分所の"事件"以降、行方知れずとなった"依代"の捜索と監視……
 総次郎……否。次代清慈がし乃雪太夫に近付いたのは、(みかど)派である陰陽寮の宗家土御門からの命であったと思われます」

 行燈の灯りが、小さい。
 油が切れかけているのだろうか……
 しかし日の出が近いらしく、二人の影ははっきりと其処に落ちつつある。

「我々伊賀氷雨衆は、幕府からの命を遂行するのみ。
 あれは未だ"始末"の段階ではないと判断しています。
 美貌と手練手管で男を魅了し、ニコニコと飯を頬張る……
 貴方の報告にある其れが今の"彼"なれば、其れ以上でも以下でも無いのでしょう。

 さて……鴉獄、」

 二人の眼が、かち合う。

「貴方には秘中の秘なる真実を明かしました。
 拒否はすなわち…… 分かりますね?」
「……元より、覚悟の上」

 鴉獄の金の目に、光が咲く。

「氷雨衆が一人、この鴉獄。
 …… し乃雪太夫の監視任務、謹んでお受けいたします」

 襖の隙間より、細く日光が差し込んだ。
 金色の其れは二人を照らし、僅かに吹き込む秋風が、髪を揺らし。


 "スパァン!!!"

 俄かに襖が開いた。
 急に部屋全体を照らす陽の光。
 驚き振り向けば、逆光に仁王立ちする一人の男がいた。

「失礼致します」
「嗚呼、お早う御座います」

 ニッコリ笑う鍬刃と、眩しさに手をかざしつつも驚き隠せぬ鴉獄。
 ……目が慣れた頃、其処に佇む男が、見慣れた双子の片割れである事に気付いた。
 自分に同じ顔、だが肌は白く髪は白金。
 銀の光宿す青い瞳が、しかし今はどうも薄っすら緋色に色付いている。

「何だ鴉浄(あじょう)、話中だ。慎め」
「……」

 二人を交互に見遣る、鴉浄と呼ばれた双子の青年。
 やがて、ギ、と鴉獄を見下ろし、地の這う様な声で唸る。

「お前か」
「……何がだ?」
「とぼけるな、地下の資料だ。
 並びは変わる、本は傷んでおる、直せど直せどきりがない。
 挙句昨夜は本が散らばったまま放置されていやがった!"バラバラに"、だ!!」

 震える恨み節を耳にするだに、鴉獄の顔より血の気が引いて行く。
 ……まさか。

「……ま、さか……
 お頭様、まさか、あの"資料室"は」
「ええ、彼が管理担当です」

 にっこりと満面の笑みで返され、冷や汗が滝となる。
 平謝りせんと身を動かしたが既に遅く、其の胸倉が圧倒的な力で掴まれた。

「……面を貸せ」
「や、鴉浄、痛いッ痛いから、すまねぇって謝るから」
「問答無用!
 お前は情報を雑に扱い過ぎるのだ!!
 先の一文ズレの件も、"手控え"に佐伯の件を失念するわ"弥次郎"を雑に扱うわ、勘定所ではお前のせいで帳簿の間違いも増えて手間ばかり……一遍叩き直してやる!!」
「あっ鴉浄其れは……済まなかったとこの前も……」
「黙れ!!」

 一方的に捲し立てられながら引き摺られ、遠くへ去っていく二人。
 鍬刃はニコニコと笑みつつ、只見送っていた。

「……"情報"は、丁寧に扱いましょうね」


 小春日和の、氷雨衆隠れ里での出来事である。




 妖神 完