アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 


「…… そう言えば、この頃からでした」

 ふと、思い出す様に鍬刃が漏らす。

「人妖魂混に、あの野衾が混ざり始めた辺りです」
「"野衾"……」
「左様、」

 一呼吸。当時の其れを辿るかの如く、凛とした空気を胸に溜め。

「翌日の人妖魂混。何やらほんの少しだけ様子が違ったのは……
 今にして思えば、私の勘違いでは無かった様ですね」

 腕を組んだまま、す、と目を閉じる。
 暫し思考を巡らし、言葉を選ぶ様に、ゆっくりと言を紡ぐ。

「…… 三月二十日。
 この日の人妖魂混は、…… 細切れにされた妖が一体、少し齧られた照兜魚(てるとうお)、尾を落とされた鰻男。
 細切れのあれが、駄韋監視役が帰還後に語った"野衾"であったと思われます。
 人型の大蝙蝠、未知の妖……暫定的に野衾としました」
「人型の……蝙蝠、ですか?」
「左様。"人型"です」

 鴉獄の膝を握っていた拳に、僅かに力が入る。

「……細切れにされた"其れ"、私が見た限りでは欠けはありませんでした。強いて言えば、指が一本無い程度。
 儀は開始されました。依代の周囲に妖が配置され、溶解する直前です。
 ……見間違いで無くば、あれは"笑った"」
「笑っ…?」
「口角を上げ、ゲ…、とだけでしたが。次の時には、あれだけが"鮮明な赤"の液体となっていました」

 ……細切れにされ、尚"生きていた"。
 肌が粟立つ。

「一寸三分程度でした。
 他の妖の赤黒い液体、そして野衾の鮮明な液体。
 依代に取り込まれた時、彼は"反応した"」
「? 其れは如何言う、」
「目が見開かれ、あの身がガタガタと震えていた……
 同時、何か…… 一瞬だけ、肌を刺す気配を感じました。
 嗚呼、忘れもせぬ……
 昔感じた……あの、(やすり)を宛がった様なざらりとした……」

 瞼の隙間より覗かせた瞳に、行燈の光が揺れる。

「依代は、満たされた様な顔でした。満腹とでも言いたげな、恍惚たる顔……
 そして、周囲は気付いていませんでしたが。
 瞳の色が、変化していた」
「…… 其れは、」
「薄っすら、瞳に"金"が宿り始めていました。
 同時、"白目に朱が混じり始めていた"。
 当時は単なる充血かと思っていましたが、……あの時からだったようですね」

 充血、ではなく。

「"鬼神の目"です」



 * * * * * * * * * *



 参月弐拾弐日。


 前日より駄韋監視担当・空眺からの連絡無し。

 また二人、陰陽師が行方をくらましたとの報。
 五人目だ、と分所中騒いでいたが、招集や会合は行われず。
 廊下を通る清慈に様子の違う所は見受けられず。

 午後、人妖魂混の儀。
 野衾二、切傷、しかし何れも身体の欠け見受けられず。……双方生存。
 川虎、両腕喪失、死亡。
 百々目鬼、一部の眼球喪失、死亡。……駄韋監視担当・空眺の殉職確認。

 野衾二、前回に同じく鮮明な赤の液体。
 依代、痙攣。後、恍惚の表情。一寸二分。

 依代の目、朱色に変化。……白目、充血?顕著。


 儀終了直後、清慈は駄韋へと歩み寄り、頬を強く叩く。

「……清慈、様……?」
「依代の変化が此度で急激に進んだ。
 この意味が分かるか?」
「……?」
「此度の野衾、お前は喰らわずに用いた。
 妖を喰らえば其の分依代が喰らう量と質が落ちる。
 "お前が喰らった故に妖神化が進まなかった"……違うか?」
「……、」

 踵を返す清慈、無言の駄韋に「二度は無い」と言を投げ退室。
 駄韋、其の場で沈黙。



 参月弐拾参日。


 夜、駄韋監視再開。
 危険性を考慮し頭領による監視へ切替。



 * * * * * * * * * *


 頭内に収納された報告書を其処まで読んだ所で、再び鍬刃は目を閉じ、暫し黙する。
 遠く鳴く虫の音のみが静かに空気を震わせ、鴉獄の肌を逆撫でし、去っていく。

「其の日、駄韋は少し遠出の後、牛女と蜂王を狩猟、途中うろついていた野衾を狩猟。
 其の、帰りです。……
 ……分所の土地に、常時薄く結界が張られていました。
 十八年前まではあの"社"が何か影響していたらしく、周囲に妖が現れる事が無かったのですが、…社内の"異物"が持ち出されて直後、結界が張られた模様でした。
 駄韋は其の日、其の"結界"のすぐ外にいました」

 ゆっくり、大きく息を吸い、吐く。
 瞼は開かぬまま、鍬刃は続ける。

「黒い装束を、駄韋は其の日着ていました。
 否、其れのみは然程おかしい事ではありません。我々と同じ理由でしょう。
 ……駄韋が操る式神は"漆煙(しつえん)"。狼の形をした黒い靄です。
 其の時は、……もう一つ、……もう"数体"、周囲を覆っていた」
「……式神が、増えた?」
「否……不明です。
 あれは…… 大蝙蝠でした。人型ではない、烏程に大きな、五体?……否、八体」

 まるで、今目撃しているかの様な口振り。

「駄韋は、何かを待ち構えている様に、枝に乗り、じっとしていました。
 半刻。…… 敷地を抜け、二人の陰陽師。
 結界を出てもう少し歩いた所で立ち止まり、何かを待っている様子。
 駄韋は、蝙蝠を二人に襲わせた」

 鍬刃の顔が、逸れる。
 瞼の奥で眼球が動いている様子が見える。

「暗闇の森の中、蝙蝠の姿など見えないでしょう。
 陰陽師達は為す術無く蝙蝠達に襲われ、……逃げ帰りました。
 複数個所噛まれた様で、白の狩衣に所々血が滲んでいました」
「……噛まれた、だけ……ですか?」
「左様。……致命傷の様なものではありません。猫に掻かれた程度の怪我ばかりでした。
 しかし、駄韋は満足気に笑みを浮かべていました。
 まるで、"成し遂げた"様に」

 ふ、と息を吐き、鍬刃は鴉獄を見遣る。
 途端、はっ、と思い出した様に。

「!……そうだったんですねぇ……
 過去の絵を追った今、気付きました。
 ……嗚呼……もっと早く気付いていれば……」
「……其れは、」

「月明りを映した駄韋の目……
 瞳孔が、"横長"に変化していました」



 * * * * * * * * * *


 参月弐拾肆日。

 陰陽師二名が体調不良との報。
 分所内の噂によると、発熱、倦怠、そして光に過敏になっているとの事。

 午後、人妖魂混の儀。
 野衾一、切傷、身体の欠け見受けられず。生存。
 牛女、切傷あるが喪失無し、死亡。
 蜂王、切傷あるが喪失無し、死亡。

 野衾一、前回に同じく鮮明な赤の液体。
 依代、痙攣。後、恍惚の表情。八分。

 依代の目、蜜柑色に変化。……白目、充血?更に顕著。珊瑚朱色に変化。


 参月弐拾伍日。

 陰陽師二名、行方不明の報。

「この日は外縁結界付近に野衾が二体うろついていました。
 駄韋は其れ等を何時もの様に狩り、生き暴れるも意に介さず麻袋に詰めて持ち帰りました」



 * * * * * * * * * *


 参月弐拾陸日。


 朝、離れより出る総次郎に樹が接近。
 両手に持つ盆の上に乗せられた食器を見、顔色を変える。

「…… 蘭樹は、食べなかったのか?」

 手付かずの食事を見、総次郎は頷く。

「……六日前より、何も口にしなくなりました。
 朝起き夜眠りますが、其れ以外は何も反応しなくなりました」
「……」
「樹様…… 蘭樹は、このまま……」
「…… 喜ぶべき、なのだろうか……?
 私には…… 出来ぬ」

 震えながら顔を逸らし、樹は其の場を後にした。


 午後、人妖魂混の儀。
 野衾三、切傷、身体の欠け見受けられず。生存。

 儀直前、椿が清慈の開始号令を止める。
 清慈以下陰陽師、椿へ注視。

「清慈様。この儀は続けるべきではありません」
「……ほぉ?
 犬養と同じ事を宣うか」

 椿へ向けられる冷ややかな視線。
 動じぬ椿、言を続ける。

「依代のあの瞳、私は見た事がございます。
 あれは、妖神の目ではありませぬ」
「何の目と、」
「"鬼神"の目に相違ありませぬ」

 奥間内、騒然。

「鬼神?」

「私は見ました。
 依代を…蘭樹を身籠ったあの日、鬼神・"朔天童子"様が私の目前に現れました。
 あの目と、依代の目は……」
「一体何を宣っておるのだ?椿よ」

 冷ややかに見下す視線。
 四八方より椿へ注がれる視線は皆同じもの。

「どうか、どうか、取り返しがつかなくなる前に。
 立ち止まるご決断を」
「息子の妖神化を前に日和ったか?
 人が鬼神に?妖神が、式神が鬼神になると?如何様にして?」
「…其れは……しかし、今止めねば」
「もとい! 樹、連れ出せ」
「……」
「樹!」

 樹、苦々しく目を伏せた後、椿と共に退室。

 野衾三体共、鮮明な赤の液体。
 依代、長く痙攣。後、恍惚の表情。五分。

 依代の目、黄金に近く変化、薄く光を反射し始める。
 ……白目、茜色に変化。
 意識混濁が始まり、表情に生気が薄れる。




 参月弐拾漆日。


 朝、離れ内部。
 日課の如く離れへ食事を運び入れる総次郎。
 鍵を開け、入室。後、声が漏れる。

「……蘭樹?」

 近頃の依代は布団に寝かされたまま、身じろぎすらせず人形の様に呼吸のみを繰り返していた。
 この日、首のみを動かし、じっと何かを見ていた様子。

「蘭樹、 …如何した?」

 依代が見るは、窓の鉄格子越しに見える、遠く"南西の空"。
 食事を置き、総次郎は其の頬を撫でる。……反応なきまま、金と紅の視線は南西の空より離れない。
 総次郎が南西の空を見れど、何もない…… 否。
 はるか遠くに、椋鳥(むくどり)?沢山の黒き粒が羽ばたいている様子。
 ……其れにしては、まるで渡り鳥の如く揃っている様にも見得る。

「…椋鳥の群れを眺めていたのかい?」
「……」
「此処からならよく見えるね、蘭樹…… 今度、鳥の餌を持って来ようか」
「……
 そ……ちゃ……」

 総次郎の表情が固まる。

「蘭樹?……今、喋って…」
「…… そう……ちゃ…ん…… 」
「嗚呼、蘭樹、俺は此処にいるよ」

 久方振りに聴く声。
 か細くも苦し気にも聞こえる其れを拾わんと、依代の口元に耳を近付ける。

「ゆっくりで良いよ……言うてご覧、」
「…… く……る……」
「……えっ、」

 聞き間違いか。耳を疑いつつ、聞き返す。が

「…… 来、る……」
「!?」
「総次郎君!」

 …外より、樹の呼ぶ声。
 数瞬依代を見遣った後、出入口の鉄扉へ。

 すぐ外に佇んでいる樹は、少し慌てた様子に見える。
 ただ事ではない、其の空気を察し、総次郎の眉根が寄る。

「樹様、」
「総次郎君、きみはこの離れより出るな」
「? 何が起き……」

 言い掛け、見上げる南西の空。
 樹も又見上げた先。

 先に依代が見ていた空……黒く覆いつくす其れ等は、椋鳥ならぬ。
 黒雲の如く此方へ向かい来ている其れは、大蝙蝠の群れ。

「あれ、は……」
「分からぬ。だが、あれがあのまま外縁結界に当たれば大事だ…
 良いかい総次郎君」

 肩を、大きく細い両の手が掴む。

「蘭樹を、守ってくれ。頼む」

 不安な面持ちにて、総次郎は頷く。
 其れを確認し、樹は少しばかり微笑み。
 其のまま踵を返し、足早に西へ向かった。



 南西、外縁結界付近。
 既に二十程の陰陽師達が集結し、一斉に樹の到着に目を向ける。

「樹殿、」
「状況は?」
「真っ直ぐに此処へ向かい来ております……あれは一体、」
「……」

 口を噤んだまま、樹は正面、森の向こうを見遣る。
 ……近付いてくる、空気を揺るがすかの如き無数の羽ばたきの音。
 木々の向こうよりつんざく、キチキチキチと甲高い鳴き声。
 ざわざわと揺れながら近付いてくる、闇。

 "ざ、"

 木が、揺れ。

「……来るぞ!!」

 "ザ ァ ! ! ! !"

 無数の大蝙蝠が溢れた。
 バ、ババ、と結界を身で叩き、其れらが黒き幕の様に纏わりつく。
 野衾も現れ……三体?否、五、七……十数体。結界に取り付き、掻き、バチバチと稲妻を走らせる。

 樹の右腕が薙ぐ。
 一陣の旋風が陰陽師達の足元を固め。

 樹の目が漆黒共を捉え、命じた。

「殲滅」

 陰陽師達が一斉に形代を浮かべ印を組む。
 結界外に式神が呼ばれ、現れた異形達が一斉に吠える。
 樹も又形代を浮かべ叫ぶ。

「出でや、樹蔭(ジュイン)

 他の式神よりも一際大きな大蛇の式神。
 女の悲鳴の様な雄叫びにて、野衾達を圧倒する。

荊棘(おどろ)

 唱えれば、大蛇より飛ばされる無数の棘。人より長き其れが何十体もの蝙蝠を、野衾を串刺しにし、ボトトと落ち。

 ……否。
 其れらは一度地へ落ちるも、棘を刺したまま再び飛び立ち。
 傷など意に介さぬ様子で再び結界に集りだす。
 薄玻璃の結界に鮮血が幾度も飛び散り、貼り付き、音を立てて蒸発した。

 ……樹の印を組む手が、汗ばむ。
 視界の端に過る――あの、"生きた妖"。
 首筋が、凍る。

「…… 蘭樹が取り込んだ"あれ"と同じか……」
「樹様!彼奴等、」

 他の者達も気付いたのだろう。半ば悲鳴に近く、樹を呼ぶ。

「減りません……!!」

 焦がせど、立つ。
 刺せど、飛ぶ。
 食えど、腹を突き破る。

 式神が押され、減る。

 "ビキ……"

 結界が悲鳴を上げる。
 樹の肌が、粟立つ。

 黒き其れらは更に数を増し、罅入った其れに尚も群がり。

「退避!!」
 "バ リ ィ ン ! ! ! ! !"

 咄嗟に口を突いた樹の命令と、同時。
 薄氷の如き結界が、雲母の輝きを散らしながら、割れた。

 漆黒が津波の如くなだれ込み、耳をつんざく奇声と共に襲い来る。
 視界が塞がれ前線が一歩下がった。
 退く事許されず各自応戦。

「御、雷神!」

 飛び掛かる野衾に雷を当てるも怯まず。
 真正面より倒され、肩の肉に牙が喰い込んだ。
 視界を舞う血。太腿、脇腹、痛覚が鋭く走る。
 覆い被さる野衾の喉を掴み引き剥がした。
 自らの肉が裂かれるも怯まぬまま、樹、唸る。

()ね!!」

 "バン!!"

 頭を掴み無詠唱の禁術。爆ぜ散り首を失くした野衾、視界を失い転倒した。

「頭を狙え!!」

 号令。が、更なる大蝙蝠が樹に食らい付く。
 視界塞がれ、耳塞がれ、其れでも蝙蝠達を掴み、頭を千切り、吹き飛ばし、食われ、食われ、食われ、


「出でや、天ノ眼(てんのめ)

 低き、落ち着いた声が聞こえた気がした。
 途端、闇に覆われていた視界に閃光が走る。
 闇達は怯み、離れ、押され、叫び、首を失くしたものは塵となっていく。

 開けた視界の向こう側、清慈が佇んでいた。
 頭上高く、光の球。……中心に漆黒の一つ眼を持つ、其れは清慈の持つ筆頭式神"天ノ眼"であった。

 蝙蝠の大群は、気付けば森の奥へと消えていた。
 余りにも呆気無く。


 跪き、息を整える樹。
 傍に、清慈が立つ。……冷ややかな目にて、彼を見下ろした。

「無様だな」
「……"兄上"、」
「報告を纏めよ。午後より緊急会合を開く」

 冷たく言を投げ、袖を翻し、去っていった。

 …… 周囲を見る。
 皆、噛まれ血を流している……が、立ち上がり、重傷の者は見受けられない様子。

 さわさわと、午前の風が吹いている……
 桜の花弁が一枚、ひらりと吹き抜け。

 自身の純白の狩衣が真っ赤に染まっている事に気付き。
 大きく、樹は息を吐いた。


 其の、遠く背後。
 唇を噛みしめ様子を見詰める駄韋が居た事を、誰も知らぬままであった。




 午後、緊急会合。

 椿に突貫で手当をして貰い、足早に本殿内部の会合部屋へ向かう。
 扉を開けば、五家当主が一斉に彼を見遣った。

「遅い」

 清慈が投げる。

「……申し訳ございません」

 下座に座り、深々と頭を下げた。

「状況報告」
「……御意。
 朝五つ半、南西方角より大蝙蝠と野衾の群れが分所外縁を襲撃、外縁結界申ノ門周辺が決壊しました。
 防衛陣頭二十、全員怪我はあるものの重傷者はありません」
「野衾か?……最近良く依代の餌になっておる様子だが」
「"刺しても死なぬ人型の大蝙蝠"、恐らく同じ妖と思われます」

 部屋の空気が、一段冷える。

「周囲で野衾が増えていると言う事か…」
「近頃増え続ける所員の失踪と関係があるやも知れぬ」
「其れより重大なのは結界が破損した事だ……寄りに寄って裏鬼門を。
 樹、やってくれたな」
「……返す言葉もございません」
「あれは夜通し作業したとて張り直しに十日は掛かる、其の間の警備にも人員を裂かねば」
「防衛陣頭は皆軽傷なのであろう?あれらを回すしか無いであろうて」
「最終二儀式に必要な最低人員は、」
「女子供除く"全員"だ 」
「…… 十程、防衛陣頭に残せぬであろうか?」
「佐原の十三人は依代の血統故必須であろう、今は他士族も……」

 四家当主達が口々に論を交わす中、上座の清慈は口を開かず、じっと樹を見詰めている。
 樹は……顔上げぬまま、石の様に動かぬまま。

「…… 何れにせよ、最終二儀式を終わらせるまでは持たさねばなるまい……
 まずは此度の混乱が他の者に動揺を与えぬ様緘口令を」
「儀式中止論が広がっておる、其方も併せて」
「…… 聴いたな?佐原よ」

 清慈が、低く零す。

「儀中止論の火元はあの女だ。
 椿の手綱、しっかと握っておけ」

 顔を上げぬまま、樹は絞り出す様に、返した。

「…… 御意」



 会合後。
 最後の人妖魂混の儀を前に、樹は離れへ足を運ぶ。

 椿と総次郎が、離れの前に居た。
 椿が少しばかり取り乱している様に見受けられる。

「樹様、」

 総次郎が顔を上げる。

「お怪我されたと聞きました」
「嗚呼、私は問題ないよ。
 先は心配をかけた、蘭樹を守ってくれてありがとう。
 ……しかし。如何したのだ、椿?」
「……樹様、」

 見上げた椿の目が、少し赤い。

「情は無用と切り捨てておったつもりでしたのに……
 蘭樹を失くす事を思うてしまい、苦しゅうて」
「……椿は、良く頑張ってくれておるね」

 背を撫で、抱きしめる。

「蘭樹は……如何なってしまうのでしょう」
「、」
「あの子が式神となる事すらも斯様に苦しいのに……
 あの"目"が……あの子を身籠った時に見たものと、同じ目が……」
「……、」
「……樹様、」

 総次郎が、不安気に声を上げる。

「蘭樹は……」

 見遣り、樹は優しい声色で、呟いた。

「あの子は、……蘭樹は、人の子だ。
 私達の、大事な子だよ」

 まるで、自分に言い聞かせている様にも、見受けられた。



 逢魔ケ時。
 人妖魂混の儀。最終。

 野衾五、切傷、身体の欠け見受けられず。生存。

 野衾五体共、鮮明な赤の液体。
 依代、長く痙攣。表情変えず沈黙。三分。

 依代の目、光を反射する黄金に変化。
 白目、深蘇芳色…… 乾いた血の如き深い紅に変化。


 運ばれていく、人形の如き我が子を見送った樹。
 ……ふらり、僅かによろけた。