アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 



 あの施設での"最初の異変"は、十八年程前にさかのぼる。


 其の村は、定期観測対象であった。
 …否、村の形をした其れは、世を揺るがす"異物"の保管用施設…兼、京より離れた陰陽寮分所。
 氷雨衆の誰かが数月に一度、十日間監視する事となっている。
 異変無くば良し、異変あれば都度、頭領通じて幕府へ通達と言う習わしであった。


 雪深き其の日、其れは起こった。

 里の隅にある、小さな社へ近付いた女…名を、椿と言った。
 社の扉は、既に開いていた。

 本来、其の社は"触れ得ぬ"ものとして封じられていた。
 周辺の掃除は兎も角、……其の"扉"は、最たる例と聞く。

 其の時の忍は、一人を社より続く足跡の追跡へ回し、自身は椿の観測を続行。

 瞬く間のみ顕現した、"鬼神"の姿。
 女に触れ、女の夫が刀を持ち駆けつけた刹那、消えた。

 女は、十日程で子を産み落とした。
 真っ白な、男児であった。


 これを異変と捉えた忍は、速やかに頭領へ伝達。
 以降、この施設の監視は頭領含む三忍が交代で行う事となった。

 厳重保管対象の"異物"の紛失、及び其の影響による"男児"の出生。
 陰陽師達は、"其れを秘匿した"。
 其れらは、世を揺るがすに余りある事象であった。


 * * * * * * * * * *


 分所、本殿内部での定期会合。
 社の"中身"の紛失以降、六ある氏族の内、社を守る佐原の役目が喪失した。
 其の日の議題にて、代わりになる御役目が決定する。


「佐原、土御門の(つるぎ)となれ」

 分所内での現頭領役、土御門 清慈(つちみかど せいじ)が開口一番声を上げた。
 其れまで鎮まっていた四氏族の長達がざわめく。
 指名された佐原の主…佐原 樹(さはら たつる)は、目を細めた。

「……」
「土御門長男・総壱慈(そういちじ)の自害により、次代土御門清慈は次男・総次郎となる。
 総次郎は妖神に満たぬ"器"であったが、人としての格は評価しておる。
 ……お守りの御役目無き今、佐原が土御門の剣となる御役目へ回帰するは筋通った事也」
「……」
「如何した、反論でも?」
「…… 否、」

 其れ以上表情を変える事無く、樹は頭を下げた。

「この佐原。
 御役目、謹んでお引き受け致します」



 男児出生より約五年。
 其れまで、男児は分所の離れへと隔離され、秘密裏に育てられていた。
 其の様はまるで男児を隠していた様にも、持て余していた様にも見受けられる。

 離れを眺めながら、他家の長達は噂する。

「……余りに人道に反するのでは?」
「筋は確かに通っておる。元々、あの御神体が無かった頃は佐原が剣役であった」
「其れに、皆持て余しておるではないか…あの童を」
「あの童を総次郎様に宛てがうは危険かと」
「何、次代様はあの童を大層気に入っておる…問題は無かろう」
「…体の良い厄介払いだ、良いのではないか?」

「"狩り役"に駄韋(だい)が宛がわれたそうじゃあ無いか、」
「嗚呼、あの小童…清慈殿に付き纏いニタニタと笑う、」
「気味の悪い、あれが此処に居る時間が減るのなら重畳……」

 後より、樹が会合の部屋を出た気配を察し、他の長達は口を噤んだ。


 男児が離れを出る事、この五年で数度のみ。
 部屋を出ない様厳しく通達されている…と、ある男の言。

 但し、一日に数度、少年が出入りする姿が目撃された。
 "総次郎(そうじろう)"。
 土御門清慈の息子が、どうやら今は男児の世話役を受けている様子。

 総次郎に特筆すべきは、"瞳の色"だ。

 佐原の御役目が変更される前は、次男が長男の剣…"筆頭式神"となるが定例であった。
 しかし総次郎は"器"が足りなかった故、"妖神"に達することが出来なかった。
 総次郎に異常に執着していたらしき総壱慈は絶望、儀式の直後に面前で式神に身を食わせ自害したと言う。
 総次郎の瞳が銀色であるは、"妖神"の儀式が半端である証左である…との事。


 一度のみ、総次郎が男児を外へ連れ出した事がある。
 初夏、日の出前。
 離れの出入口より周囲を伺った総次郎、男児を外へ連れ出した。

 出生時より成長していたが、細く、痩せた男児であった。
 肌は白、髪は白銀、瞳は紅玉。顔形は両親に似、女児にも見える。

 暫く頬を紅潮させ木や虫、蛙と戯れていたが、一刻もせぬ内に清慈に見つかり、折檻された。
 男児は泣きながら最後まで総次郎の袖を掴んでいたが、引き剥がされ、離れに放り込まれた。
 総次郎は手出しせず、項垂れたまま其の朝は去った。


 数日後、"狩り役"駄韋が帰還。
 村入口に立った駄韋、大きな麻袋を二つ、馬に乗せていた。
 出迎えたは椿一人。駄韋、恭しく頭を下げる。

「只今戻りました、お姉様。
 お出迎え等珍しい…何ですか、早う我が子の悲鳴が聞きたいので?」
「偶にと弟の帰郷に出向いてやれば其の反応か、」
「他意は無いと?なら此度の獲物も気にならぬのですか、」
「…聡次郎の時の様に下らぬ魑魅魍魎なれば許さぬぞ」
「ご安心を、もう少しましな妖です」

 其の場で麻袋の中身を開けさせ、確認する。
 ……狼の変化と、(みずち)
 狼は脚が一本、蛟は半身が無い。

「… 又"喰うた"のか、」
「ククク…だって処理の残りは勿体無いでしょう?流石に此度は美味でしたよ、」

 にぃ…と、笑顔。
 椿は不快そうに眉根を寄せた後、袖を翻し、吐き捨てる。

呪所(まじないどころ)に運び入れて置け」

 椿が去り行く刹那、駄韋の顔より表情は消えていた。



 翌。
 男児への"儀式開始"。

 人妖魂混(じんようこんこん)の儀。

 本殿奥、奥間と呼ばれる広間。
 束帯に身を包んだ陰陽師、二十程。
 中央を囲んで二百の蝋燭と陰陽師達が配置される。

 入口付近、総次郎、椿、最後に清慈が立つ。

「これより人妖魂混の儀を執り行う」

 清慈の声。
 其れを合図に、駄韋、そしてあの二つの麻袋を担いだ陰陽師。
 麻袋の中身を部屋中央へ転がし、其の手前へ駄韋が立ち、振り向く。

「如何でしょう、清慈様。此度は珍品です、蛟ですよ」
「…齢十三のお前の実力とは到底思えぬが」
「ご覧の通り、此奴も若い妖です故」
「其れでも、だ」

 其れ以上口開かぬまま、駄韋は総次郎の隣へ並び立つ。

依代(よりしろ)を」

 直後、樹が入室。
 傍に、男児。樹、其の頭を撫でる。
 ……男児、樹より離れず。

「依代を離せ、樹。巻き込まれたいか」

 男児の背を押し、部屋中央へ促す。
 男児、樹の顔、総次郎の顔を見た後、妖の死骸転がる部屋中央へ立つ。

 締められた入口前に、清慈が立つ。

「開始する」

 印を組み、詠唱開始。
 清慈の二節、続き他の陰陽師の詠唱。
 床に彫られた呪陣が仄かに青い光を発する。

 七分。
 死骸二体、溶解。
 呪陣の溝に溶解した液体が流入、陣全体を巡り、男児の足元へ集束。
 男児の足元より浸食。全身の血管が赤黒く変色、悲鳴。

 一寸三分。
 液体、総て男児の身へ吸収。蹲る男児の背が割れ、獣の体毛と鱗、鰭。

 二寸八分。
 獣の体毛と鱗・鰭が崩れ、元の地肌に戻る。男児、気絶。

 三寸。
 詠唱停止。


「滞りなく終了、……  早いな」

 懐中時計を見、清慈が漏らす。
 後、「離れへ運び置け」との命令、踵を返し、奥間を出る。

 陰陽師達が奥間を離れる。
 樹と総次郎のみ、気絶した男児へ駆け寄り、抱え、離れへと運び入れた。


 * * * * * * * * * *


「…… (むご)い……」

 口元を押さえた鴉獄。指の隙間より、小さく零れる。
 鍬刃の表情はひくりとも動かぬまま、言は淡々と紡がれ続ける。

「これが"初回"です。
 報告によると滞りなく成功、但し特筆……彼は"泣かなかった"」
「…泣かなかった?」
「二回目、四月五日。鴉天狗一、鎌鼬一。 二寸五分、成功。
 三回目、四月七日。付喪神一、しょうけら一。二寸二分、成功。
 四回目、四月十一日。鴉天狗一、女郎蜘蛛一、蛇神一。二寸三分、成功。
 五回目、四月十三日。鴉天狗一、大百足二。一寸八分、」
「お頭様」

 鴉獄が割り込む。
 ひくり、鍬刃の目が鴉獄の其れへ向く。

「…… 此度の事象……"十三年前"で、合っておりますか?」
「左様」
「まさか、」

 青褪める鴉獄に、鍬刃の声色は地を這う。

「此度は別の話をしています。
 "私情"は挟むな」
「…… 失礼を」

 口を噤む鴉獄に、鍬刃は続けた。

「……
 通常、儀が執り行われてから次回までは、依代の身が落ち着くまでの数日を挟みます。
 約七日程……そして、妖の数は通常一回につき一体。
 観測記録では土御門総次郎は三体を取り込むに二十三日掛かりました。
 此度の依代の場合、恐らく何処かしらに"私情"が挟まれていたのでしょう。…が、其れにしても依代の回復が早く、十三日間で既に十二体。
 そして、依代の反応……
 泣かぬ、喚かぬ、……其の内、表情を変える事すらなくなりました。
 この時点、我々氷雨衆の見解として"異常"と判断しました」
「…何度、儀は行われたのです?」
「さて……」

 少しばかり、虚空を読む鍬刃。

「…… "人として扱う前提は既に崩れている"と判断し、数えるのは辞めました。
 只、」
「、」
「一年、続きました」

 ……言葉が見つからぬ。
 鴉獄の喉が、鳴る。

 続く鍬刃の言に、感情は無きまま。

「一年続き、依代に外見上の変化は見受けられませんでした。
 総次郎にあった"虹彩の変化"も無いまま、高頻度で人妖魂混は繰り返されました。
 恐らく、陰陽寮分所の見解としては"器が異常に大きな依代"と結論付けたのでしょう。
 故に、続行されたと考えます。
 ……此処で、我々はもう一つの異常に気付きます」
「…もう一つ?」
「この高頻度で妖を狩り続けた、齢十三の少年です」
「…… 佐原 駄韋……」
「左様」

 ぴん、と張り詰めた宵闇の空気が、二人の間を流れる。
 揺れる行燈の光が、二人の瞳を揺らした。

「我々は佐原 駄韋にも監視をつける事にしました」


 * * * * * * * * * *


 三月半ば、佐原 駄韋 監視開始。


 移動、馬に黒煙状の式神を纏わせる事による低空移動。
 分所周辺の妖は狩り尽くした模様、半日にて出羽へ向かう。
 笹谷の大猪鬼を発見。……背後より黒煙状の式神を脚に纏わりつかせ転倒、刀にて斬首。

 麻袋へ大猪鬼の首を入れ、身を詰め、はみ出た前脚。
 …駄韋の動きが止まる。

「……」

 暫し、其れを見詰め。
 斬り落とした。

 流れ出る血を啜り、舌で掬い取り、切り口へ齧りついた。
 嚙み千切り、咀嚼し、嚥下した。

「…… 嗚呼……」

 緩み切った表情で空を見上げる。目を閉じ、暫し浸る様な仕草。
 …… 目が見開かれ、此方を見た。
 危険と判断、撤退。



 二日後、監視再開。

 分所より二里弱の地点、駄韋、人型の大蝙蝠と遭遇。
 野衾(のぶすま)と見られる。

 黒煙状の式神にて翼に穴を空け落とし、斬首。

 麻袋を準備、成果物を入れようとするが、手が止まる。
 暫し、其れを見詰め。

 訝しむ様子。
 首を傾げ、匂いを嗅ぎ、指を斬り落とす。
 斬り落とした指を口に含む。

 指を吐き出し、嘔吐(えづ)く。
 数回嘔吐。後、吐血に変わる。
 突っ伏し、数度吐血。

 息を整えた後、不機嫌な仕草で立ち上がる。
 刀を持ち直し、刃を叩き込む様に野衾を切り刻む。

 十程に切り刻んだ辺りで手を止め、暫し呆然。
 麻袋に破片を詰め、のろのろと帰還。




 翌朝、分所監視担当より。


 早朝より、本殿内部にて緊急の会合が開かれた。
 定例会合ではなく、分家・犬養により招集されたものと言う。
 土御門、佐原、犬養、眞田、当麻の長五人が集まり、犬養が土御門を見るや開口一番に声を荒らげた。

「人妖魂混の儀の中止を要望します」
「……面妖な事を宣うな?犬養よ」
「あの依代、何かがおかしいとお思いでは無いのですか!?もう一年だ、あれだけの妖を取り込んで尚何も変わらぬ」
「器の大きさ故であろう。確かに前例は無いが、記録では半年変わらなかった者がいたと言う」
「しかし!儀で泣くどころか今ではヒクリとも動かぬ!
 大体、十日で生まれた色も無き半端な子供だ、器に穴でも開いておるのではないですか!?」
「…… で?」

 清慈の威圧。

「で、とは?」
「何が危険なのか理論的に話せ」
「故に今話した通り、あの依代は」
「異常は無い。直近で危険性が見えぬ限り中止は無い。
 話は其れだけか?」
「…… もうひとつ、私からも」

 其れまで口を噤んでいた眞田が割り込んだ。

「何だ、」
「篠崎より伝達です。
 ……篠崎 寿孝(じゅこう)殿の甥、千孝(せんこう)が一昨日より行方をくらましておると」
「…… 任や私用で出払っておる可能性は」
「分かりません。…しかし、寿孝殿が酷くふためいております」
「下らぬ。放っておけ」

 散会。


 午前。佐原樹、散会後の脚で総次郎の元へ。
 古びた書物を手に離れより出た総次郎へ声を掛ける。

「総次郎君、……少しだけ、良いかな?」
「嗚呼、樹殿。 何か?」
「……毎度、蘭樹(らんき)の事を……有難う」
「礼には及びません、務めですので」
「……そう、か……
 蘭樹、如何だい?」
「とても大人しいですよ。勉強は熱心に聞き入りますし、食欲もあります。
 ……只、近頃は言葉を話す事は無くなりました」
「……、 瞳の色は、」
「変わらず、綺麗な赤です」
「そう、……か……」

「樹殿、」
「ん、」
「先程、椿様がお見えになっておりました」
「……椿が?珍しい」
「樹殿の御身、蘭樹の事、酷く案じておりました。
 我が子を抱きしめてあげたいと。
 ……気丈な方ですが、ご無理なされている様にお見受けしました」
「そうか、……総次郎君、何時も済まない」
「いいえ……務め、ですので」


 午後より人妖魂混の儀。
 この日も依代に変化無し。