「そんなに面白いか、」
「嗚呼、面白いよ。お前さんはからかい甲斐があるのぉ」
「そんなに人をからかうと、何時か恨みを買って襖幽霊に取って食われるぞ?ん?」
「…ん?何じゃ其の、詰まらぬ名の面白そうなものは?」
「ほぉ?襖幽霊を知らぬのか、」
さも常識であるかの如く、源三郎が声を上げる。
其れは少し嬉しそうでもあり、し乃雪の眉間が寄る。
「知らぬ。何じゃ、噂かえ?」
「嗚呼、この所吉原界隈じゃあ専らの噂だが。
そうか、し乃雪太夫の耳には入っておらぬのか」
「引っ掛かる物言いじゃの、」
「お前さんがもの知らぬ時の顔は面白いなぁ、お返しだ」
「もぉ、いけず」
軽く源三郎の肩を叩けば、返って来る意地悪な笑み。
其れに何を思ったのであろう、すす…と身を寄せたし乃雪が肩に頭を乗せ、上目遣いにて顔を覗きつつ。
「其れより、教えておくれよ…其の襖幽霊、何ぞや?」
見詰めてくる瞳はほんのり潤み、艶やかな唇から紡がれる言葉すら美しい。
戸惑いと胸の高鳴りを覚えた源三郎、すと顔を逸らしながら其の身を押し離す。
「そんな眼で見遣るな、分かったから」
「そうそう、早う話せ」
この野郎…。そう小さく呟きながらも、満更でも無い様子。
猪口に残った酒を一気に喉へと流し込み、溜息と共にゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「何時からであったかな…十日か十五日か、其れ位前辺りからだ。
吉原を囲む様にて流れる堀があるだろう、"お歯黒溝"だったか。
あの堀に、遊女が溺れ死んでいるのが見付かったのさ」
「ふぅん、」
「伏見町にある曙屋と言う茶屋の、たえ葉と言う花魁だ。其れは美しい女で、客は絶えなかったと言う。
そんな稼ぎ頭が死んだとなれば一大事だ。
しかし騒ぎは其れ故だけでは無かった。
死人の家財道具を片付けようと遣手が部屋を訪れた時、其れはあった」
「何があった、」
「シミ、だ」
「シミ?」
頓狂な声を上げたし乃雪に、嗚呼、と頷く源三郎。
「押入れの襖に、まるで薄墨で描いた様なシミがあったのだと」
「其れが如何した、」
「其のシミな…髪を振り乱した幽霊の如きものであったのさ」
「ほぉ?」
"幽霊"。
其の一言にてし乃雪の顔が俄かに明るみを湛え、逸れていた瞳が再び源三郎へ向いた。
「何だし乃雪?眼の色を変えて」
「幽霊とな、面白そうじゃ」
「俺は先程"襖幽霊"と言うたぞ?」
「しかし詰まらなかった故になぁ、」
「……」
呆れたのだろうか、口を噤む源三郎。
