「忘れる所であった。
外に出られぬお前さんに土産をとな」
「外に出られぬと?何時言うた、」
「ん?違うのか、」
「否、源三郎が土産を持って来てくれるのなればそう言う事にして置こう」
「お前さんな…」
「で、中身は何ぞ?」
輝かせる眼を包みに向けたまま、弾む声。
少し呆れを見せながら、源三郎は包みを開ける。
小さな重箱。其れの蓋を開ければ、現れたのはぎっしり詰められた天麩羅だ。
「お、天麩羅かえ?」
「先に近くの屋台で揚げて貰った、良い野菜が手に入った故にな」
ふきのとう、ぜんまい、菜の花。鮮やかな緑の天麩羅に、し乃雪はにこり嬉しそうに笑顔を向け。
「有り難う、食べたかったのじゃ。
直ぐ支度をしよう、塩か?だしかえ?」
「塩も持って来たぞ、」
「なれば台所へ下りずとも良いな」
そそくさと箪笥の一角より小皿と箸を取り出し、手慣れた手付きにて並べ始め。
途中襖の向こうより徳利と猪口を乗せた盆を持って入り来たのはし乃雪の禿(かむろ/遊女の身の回りの世話をする少女)であろうか、源三郎の前に其れをすと置いた。
「…良いなぁ、」
「ん、」
「この美人を独り占めだ」
「抱けぬがな、」
「そうだよ、甚だ残念だ」
出て行く禿を見遣りながら笑顔でそう言った辺り、ふと何か思い出したらしい。
ぱん、と膝を叩いた源三郎は、差し出された猪口を受け取りながら口を開いた。
「そうだ、し乃雪太夫。
お前さんは蘭方医の元にて修行しておったと聞いたが、どれ程の腕なんだい?」
「何じゃ、何を聞かれるかと思えば」
クスリ笑み零し、小皿に取り分けたふきのとうの天麩羅をほいと口に放り込み。未だ仄かに熱を帯びた其れ、広がる旨味と苦味に口元を綻ばせ、言を紡ぐ。
「どれ程、…と言われてもな。
此処へ連れ来られた後も大旦那から蘭学の本を貰ったりした故、まぁ傷を縫い合わせる、薬を選ぶ位なれば」
「へぇ…この様な美しい者に傷の手当てや看病をして貰えるのか、良いねぇ」
…中身は兎も角。小さくそう付け足した源三郎の隣に並び、し乃雪はおもむろに寄り掛かる。
じわ、と滲む温もりと自分を見上げる赤く潤んだ瞳、同じ色の唇が、やがてこそりと彼の耳に囁いた。
「其れとな。
蘭学は体の"作り"をも詳しく教えてくれる…
何処を如何弄れば"好い"のか、俺は他の遊女よりも詳しいのさ」
ぞくん、源三郎の身が震える。
し乃雪を見遣った鳶色の瞳は少々の怯えと好奇心を湛え。
「……試さぬからな?」
「俺は未だ何も言うておらぬわえ、」
源三郎の反応が余りに予想通りであったのだろう。
げらげらと笑い出したし乃雪は、其れは其れは愉しげで。
そんな姿に少々気を悪くしたのだろうか、源三郎は眉をしかめながらちびり酒を口に含み、やがて低き声色にてし乃雪に唸る。
