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其れまで毎日が退屈そうであった二階窓際の妖大夫に、ほんのり瑞々しさが宿った――と、気付いた者は少なくない。
其の、誰かを待ちわびるかの如き潤った瞳が美しく、今宵も黒町屋は客がひっきりなしだ。
其れはこの見世の遊女達をも美しく見せ、太夫に手が届かぬ身分の者達までも引き込んだ。
ぬらりぬらり、今宵も空気は艶めかしく、空は朧月浮かぶ濃紫。
輝く提灯や灯籠の光揺れる錦の景色、しかし其れが何かの障気である事に気付いた者は…二階の招き狐を除いて、誰一人居ない。
そんなし乃雪、少しそわそわしつつも幾度目かの遠目。
道向こうに漸く待ち人を見付け、沈み始めていた憂いの顔にぱっと華が咲いた。
「源三郎!待っておったぞ、」
言えば、半ば癖の様に顔を上げた彼もにこりと笑みを向け、声を上げる。
「よぉ、三日も待たせたか」
「嗚呼、長かったぞ。
早よう上がって来ておくれ、詰まらのうて今にも干からびてしまいそうじゃ」
少し掠れる呼び声に、顔と違う男の色気。
其れを見た源三郎より漏れる笑みは苦笑に似て、しかし嬉しそうでもある。
客寄せの戌良に促され中へと入り、案内されたのは二階。
あの大玄関の真上、し乃雪が常に居る私室だ。
一階の金と朱に彩られた竜宮の如き空間とは打って変わり、階段を上り終えた其の床より先は質素ながら落ち着いている。
少し良い宿屋の様な廊下をたった数歩、階段の目の前にある古びた襖が、其の部屋であった。
「邪魔するぜ、」
一言付け、襖を開ける。
行灯二つ、やけに明るい。
柔らかい蜜色の光に照らされた部屋は三日前の茶室よりも更に質素だが、五角の形をした不思議な空間だ。
四角い部屋の一角を切り落とした様な形で、其処が大きな出窓になっている。
し乃雪は、其の出窓に腰を下ろしているのが常だ。
聞けば、「これが普段の"仕事"じゃ」と言う。
「来たかえ、」
細長い煙管より紫煙をくゆらせながらにこり笑い、そうとだけ声掛けるし乃雪。
まるで素っ気無い態度に拍子抜けした源三郎、用意してあった座布団に腰掛けながら漏らす。
「お前さんは何時もそうかい?」
「ん、」
「こう、三つ指付いて「お待ち申しておりんした、」とかよ…」
「男であるこの俺にそうして欲しいのかえ?」
そりゃあよ…、と言い掛けた源三郎、しかし先は口ごもり言葉にならぬまま。
遊び人の風貌で口下手じゃの。そうクスリ笑み零したし乃雪、やはり其の笑顔は女にしか見得ず、源三郎は手にしていた土産の包みを忘れる程。
が、目聡く其れを見遣ったし乃雪が「で、其れは何じゃ?」と声掛けた辺りで、嗚呼と間の抜けた声を上げる。
