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「…… 温いな」
紫煙が流れを変えた様を目にし、し乃雪はぽつりと呟く。
此処数日、すっかり色男に忘れられたであろうし乃雪。
妖艶な顔に憂鬱な表情を浮かべたまま、何時もの様に二階の出窓から通りを見下ろしていた。
あの日以来とんと黒町屋に足を運ぶ事が無くなった源三郎であるが、彼の姿を見なくなった訳ではない。こうして出窓で招き狐をしていれば、京町へ行くには一本しか無いこの道を源三郎が通り過ぎる姿を目にする事は出来る。
此方を見上げもせず只通り過ぎる姿を目にしては、し乃雪は目を伏せ、心の臓が僅かに締め付けられる感覚に苛立ちを覚えている。
しかし、其れにしても最近の源三郎はおかしい。
し乃雪の頭の片隅に一抹の不安が過ぎる。
此処を通る際の源三郎の姿が、余りにも呆けて見える。
普通の人間なら此方に意識が向き、此方を向かずとも早足で通り過ぎる等、何らかの形で表れるものだが。
源三郎がこの吉原へ来る回数が極端に減った事も、し乃雪には何処か引っ掛かった。
又、紅の唇からふわりと紫煙を吐き出す。
睫が揺れ、宝石の如き紅の瞳が瞼に隠れ。
通り掛かった客がそんなし乃雪の様子に見惚れ、また一人、黒町屋へと入って行った。
と。
風向きが変わり、覚えのある匂いがし乃雪の鼻を擽る。
途端に彼は眉をしかめ、其の方向へ目を向けた。
独特の其れは、どんなに微かでもし乃雪の鼻を誤魔化す事は出来ない。
彼が目をやった方向は、遊廓の最奥。
先程源三郎がたらりたらり歩いて行った方だ。
彼が好まぬ其の匂いに何処と無い違和感を見出し、はたと顔を上げ。
人とは思えぬ程に美しい顔が、ほんの僅か憎悪を滲ませ笑んだ。
「……そう言う事かえ」
コォン、と窓縁を煙管で叩き、彼は思い立った様に立ち上がる。
其の顔は苛立ちに歪み、口元には企みと焦燥の色。
……源三郎を脅かす何かを、彼は見破った様子。
「可哀想に……源三郎め、あやつは疫病神かえ」
さて、如何して首を突っ込んでくれよう。
早速何か準備せんといそいそ動き出したし乃雪であったが、しかし珍しく一階の女郎より名を呼ばれ、子供の様に眉をしかめてしまった。
