アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 

 あの、甘い甘い香りが、何処からとも無く二人を取り巻いて行く。
 昂った胸は其の香りに巻かれ、とろりと蜜の様に心酔し、渦巻く本能をより敏感にした。

 ――― 今宵、俺は如何にかなってしまいそうだ……

 柔らかな喘ぎを耳元に受けながら、源三郎の理性は麻痺し、流されて行く。
 黒町屋に居続ければ味わう事の出来なかった快楽。
 其れはじわりと自身を蝕み、しかしもう止まる事も出来ず、自らの意識が何処に居るのかすらも分からなくなっていく。

「源三郎様……
 ずっと、わっちのお傍に居ておくれ、……ね?」

 とろける様な鼓ま斗の声が、彼の総てを狂わせていく様な感覚がする。
 しかし、何故であろう…其の目眩の様なものが心地良くすらあり、拒む気も起きない。


 鼓ま斗と言う女は、時雨屋の中ではまだ駆け出しの座敷持だ。
 床入りをそうそう経験しておらず、まだまだ熟れ切れぬ部分も沢山あった。

 色香もそう、男とて太夫であるし乃雪は愚か、同い年の座敷持にすら足元にも及ばぬ。
 しかし決して不細工である訳では無く、人混みの中で確実に目が行く程度の鮮やかな美しさを持っている。

 彼女はころころと良く笑い、良く喋る、普通の町娘の様な性格だ。
 甘える具合も、まるで動物が飼い主に甘えるかの様な。
 一見遊女に見えぬ其の明朗な佇まいが、経験の浅さを一番如実に表していた。

 だがそんな鼓ま斗に只一つ、大きな武器がある。
 其れは、"眼"だ。


「辛く無いか、」

 速まる鼓動を察しそう尋ねた源三郎を、とろんと夢心地の瞳がじっと見詰める。
 吸い込まれそうな程に澄んだ、蛍色の瞳。
 まるで心の奥底を鷲掴みされているかの様な心地にさせ、頭の芯の辺りがちぃん…と焼けて行く。

 源三郎がこの女の虜になった理由の一つだ。
 鼓ま斗は、他の誰とも違う、不思議な"眼"を持っているのである。

 細く毛羽立ち始めていた彼の理性は、其処で音を立てて切れた様な気がした。
 あのねっとりとした生温い空気と甘い香りに包み込まれ、男は其のまま深い混沌へと沈んで行った。