何故であろう、……吉原を取り巻く空気が妙に生温く、源三郎には感じる。
次第に暖かくなるこの季節、夏へと向かう途中故か。 其れにしても、源三郎の肌にねっとりと纏わり付く感覚がおぞましく、思わずぞっと身震いさせた。
――― ……余り良い気がせなんだ。
思いながらも黒町屋を出た源三郎が向かうは、遊廓の奥……京町二丁目、時雨屋だ。
二階からし乃雪がそっと顔を出し、此方を見詰めている事を頭の何処かで感じているものの、しかし脚は不思議と踵を返そうとしない。
……一悶着の予感なのであろうか、只々不安を感じつつ。
源三郎は次第に足早になっていった。
一番奥、遊廓を仕切る壁際に、目当ての時雨屋はある。
この最奥辺りは客も疎らでひっそりとしており、客寄せは黒町屋がある廓の中央・揚屋町まで出ている事が多い。
しかし源三郎が時雨屋のあの遊女を知ったのは偶然だ。
客寄せに呼ばれた訳でも無し、格子の向こうに居た其の女に、……何故であろう。惹かれたのである。
受付を済ませ、逢瀬の為の部屋へと進む。
目当ての女は所謂「花魁」と呼べる位には居らず、花魁道中も無い。
簡単に逢瀬まで漕ぎ付く事が出来た。
襖を開ければ、直ぐ其処。
三つ指立てて深々と頭を下げた状態で、女は源三郎を待っていた。
「鼓ま斗、」
優しく名を呼んでやれば、彼女はゆっくりと顔を上げ、
「源三郎様……お待ち申しておりんした」
と、其の愛らしい笑顔と猫撫で声で、心より嬉しそうに微笑んだ。
久々の感覚だ。
此処へ辿り着くまで感じていたあの妙な違和感は、この鼓ま斗と逢った瞬間に吹き飛ぶ。
あの妖太夫と真逆に居たからこそ、源三郎は何の違和感も無くこの女に惹かれたのやも知れぬ。
無論、黒町屋の妖太夫に一人の色男が熱を上げ、毎日通い詰めている…と言う噂はこの鼓ま斗も知っていたし、あの風変わりな招き狐が実は陰間である事、噂の色男がこの源三郎であると言う事まで筒抜けであった。
鼓ま斗は恐らく、ふと其の事を思い出したのだろう。
柔らかく包み込む堅い腕の中、彼女は小さな猫撫で声で、少し申し訳無さそうに呟いた。
「源三郎様……宜しいのでありんしょうかえ、」
「何がだ、」
「お噂を耳にしんしてありんす……黒町屋の妖太夫の事を」
「……嗚呼……」
そろそろと背を撫でる熱い掌が、ぴたりと止まる。
首筋に掛かる吐息すら其の一瞬だけ流動を無くし、狼狽に揺れ。
が、次の時には再び動き始める。
「あれは只の友人故。疚しい事も無し、」
「……ならば、わっちだけを見てくんなまし。
寂しゅうありんす……」
「ふふ……本当に可愛いな、鼓ま斗よ……」
あの肌に負けぬ程に白く滑らかな首筋を、吐息が滑る。
ひくんと震えた体をまた強く抱き締め、鼓ま斗は長い睫を震わせ、目を閉じた。
