「褒めても何も出ぬよ、」
「神は世辞を言わぬ。
……クク……我は只ならぬ者を敵に回そうとしておった様だ」
ゆるり、まるで人ならぬ、柳の様な身捌きにて、白き着物の女を抱き上げる狩衣。
もう、雨は止んだ。
どんよりと立ち込める重い雲を見上げ、しかし再びし乃雪を見遣る。
「良かろう、」
「、」
「知りたくば西の山中腹へ来遣れ。酒位は出そう。
……汝の様な者、面白し」
やんわりと、其の笑みは更にはっきりと。
其処で気付く。凛々しき顔、この"鵺"は男の形を取っているらしい。
「……そうじゃの。
なればお前さんも黒町屋へ何時でも来遣れ。
茶でも飲みながら、其の"お連れさん"と話そう」
「其れも、良いな」
ゆっくりと頷いた狩衣を、一陣の冷たい風がコォと包み込む。
巻き上がった水がパァンと弾けた時、其処には狩衣の男も着物の女も、気を失っていた駁螺までもが、跡形も無く消えていた。
遠く霞んだ背後より、し乃雪の名を呼ぶ声がする。
嗚呼……其の声を、胸の何処かで待ち望んでいたらしい。
ほっ、と安堵したし乃雪は、自身の中にあった僅かな恐怖をかなぐり捨て、ゆっくりと振り向く。
其処には、息を切らして駆け寄り来る源三郎の、酷く心配そうな姿があった。
「…雪!し乃雪、お前!」
「何じゃ、遅いぞ源の字」
「済まぬ、…しかし、何があった?身は大事無いか?駁螺は何かしなかったか、」
まるで子を案じる親の様。
おろおろとし乃雪の身を確かめ、大事が無いと見るや、其の見事な濡れっぷりをした顔に手拭いを差し出し。
しかし其れも随分濡れており、彼は慌てて水気を絞る。
「随分濡れているじゃ無えか、風を引いちまう」
「ふむ、そう言えば寒いの」
「黒町屋へ戻れば風呂があるだろうか?又世話になるは心苦しいが」
「ふふ、又お前さんの綺麗な肌が拝めるのかえ……」
「やめろ気持ち悪い」
すっぱり切り落とされ、ふははと笑い零すし乃雪。
顔に張り付いた髪が露の如くきらめき、其れに気付いて源三郎が空を見上げる。
そう言えば久しく見ていなかった。
青く輝く空と、少し悲しげに浮かぶは、二つに重なる虹の橋。
「嗚呼、明日は祭りがありそうだな」
「ふふ、……良き一日になるかのぉ?」
し乃雪には、源三郎には
似合わぬ空ぞ。
二人はどちらとも無く、顔を逸らした。
