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"ざあざあ……
ざあざあ……"
吉原を隔てる門を、駕籠屋が通る。
門番は籠の中を覗けど、何も言わず、其れを通した。
……籠の上に居る者より、何かを受け取った様子。
雨を叩く音が、耳をしっかり塞ぐ。
この雨音では泣けど叫べど、誰も聞きやしないであろう。
其の様な事はとうの昔に承知してていた。
故に駁螺はこの期を狙った訳であるのだが、其れが無くともし乃雪は身動き一つしようとしない。
両手両足縛られど、見知らぬ男達に担がれど、籠に放り込まれた時ですら。
彼は只の一つも抗わなかったし、声すら立てる事は無かった。
駁螺は、籠の上に居る。
小さな其の身なれば、人二人が運ぶ籠の上に乗っても大した重さでは無い。
蓑と笠にて、しかしまるで大きな蓑虫の如き塊は、真下に居る中身に向かって声を張る。
「もしかして、なぁ兄ちゃん!遊廓を出たかったんじゃあ無えのかい?」
無言。
「あんな狭い街に押し込められるよりゃぁ良いもんなぁ!
色んな所に連れて行ってやるよォ、色んな祭りがあるでな!
大ッきな海も、広ォい野っ原も、氣持ち良いからな!」
雨音と、籠屋の足音のみ。
只、空耳であろうか……僅かな息遣いが、屋根に触れる駁螺の短い脚へと伝わって来る様な心地。
其れだけで、ソワリと身を何かが走った。
何なのかは分からぬ。が、気持ちの悪いものでは無く、自身が妖に追われている身である事すら忘れる程に、其れに意識が引っ張られる。
堪らぬ。
駁螺はくるりと身を翻し、器用に籠の簾(すだれ)の隙間を潜った。
女物の着物を纏った、美しい陰間の姿が、不安を他所に其処に居る。
手足が汚れぬ様、綺麗な手拭いで縛ってある。
少し鬱血し、青紫が鮮やかだ。
乱れた着物の隙間より、真っ白な肌が覗いている。
縛られておらぬ唇……真っ赤な其れは美しき一文字。
一つ瞬きした後、艶かしい純血色の視線が、駁螺を捉える。
「……へ…へへ……
やっぱり、綺麗だな……」
駁螺の瞼が細められる。
ぞくり……と、太腿の辺りに戦慄が走った。
「そ、そう言えば……陰間、なんだもんな」
ささくれだった手が、黒猫色をした振袖の裾をそっとめくる。
風も当たらぬ内腿……女に似て艶かしい曲線を描き、しかし男にも似て少しの筋が影を落とす。
其れをするりと撫でれば、しっとりとした柔肌が手に感触を残した。
「……こんな綺麗な人も居るたぁ……世は不公平だよなァ……
な、なァ…… 陰間なんだ、もんな……」
其の、時。
"ゴォ……!!"
何かが唸りを上げ、俄かに籠の中の空気が暑くなって行く。
一瞬の出来事だ。屋根が見る間に炎に包まれ、黒煙と白煙を入り混じらせながら、あっと言う間に燃え尽きた。
