アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 

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 雨は止むどころか勢いを増し、道が水を含み切れず、川の如く流れ続けている。
 外に出た源三郎は、降りしきる雨の中、先ず空を見上げた。

 駁螺探しに宛てが全く無い訳では無い。
 雲の合間にちらちらと見える、大きな黒い影……鵺と思われるあれは、駁螺を捉えている筈。
 其れを追えば、よもやあの小さな男を見付け出せるやも知れない。そう考えていた。

 ぐるり見渡し、あの影を見付けたのは、祭りのあった神社の方。
 歩き出す間も無く、足下が泥にまみれた。が、其の様な事にも、胸の内にて渦巻き始めた恐怖にも、構っている暇は無い。
 濡れるも構わず走り出し、吉原の門を潜り抜けた。
 街道、川の土手、ざあざあと流れる水を跳ねながら、やがて神社のある森へと辿り着き。

 神社境内、鳥居を前に、ふと空を見上げた。
 気付けば、上空にて旋回していたあの黒い影が、消えている。
 何処へ消えたのだろう?
 ゴロゴロゴロ……唸る空を探しながら、一つ目の石鳥居を潜り抜けた、其の時。

 "カッ、"

 空に稲妻が走り、轟音が響いた。
 ビクリ、身を跳ね頭を覆う源三郎。驚きに息が切れ、震え始める手。
 ……しかし、こうもしておられぬ。怯えの残る目にて、顔を上げた時だ。

 "ゴロゴロゴロゴロゴロ………"

 眼が一点にて止まり、心の臓が冷えた気がした。
 目前……直ぐ、近く。

 今の一瞬まで居る筈の無かった物。
 "異形"が視界を塞ぎ、此方を睨み付けていた。

「ぅあ……!!?」

 牛…否。其の比にあらず。
 鳥居など潜れる筈も無き、巨体。
 闇色に黒い虎文様の毛皮、猿と獅子を合わせた様な顔。
 太く長い蛇の尾をくねらせ、闇色の眼にて此方をじっ…と捉えている。

「……鵺……!!」

 鵺は、何も言わず。
 しかし其の姿、まるで彼を獲物と見ている様に思え、源三郎はゆっくり、ゆっくり、腰に差す刀を地面に下ろす。錆び付くやも知れぬが、致し方無い。


「な、なぁ……この雨は、お前さんのものか?」

 恐る恐る、伺う。
 返事は無い。

「あの、見世物小屋の雷も…火事も、人が焼け死んだも、お前さんか?」

 闇色の目に、金の瞳孔がチカリと光る。
 グル…… 喉が鳴る其の音、まさしく轟く雷の如く。

「駁螺……あの小さな男を、狙うておるのだろう。
 あの男が、お前さんに何か良からぬ事をしでかしたのか?
 なればあの男に代わりこの俺が謝ろう、罪を被ろう。連れて行ってくれ。
 だから……もう、罪無き人々を殺めるのは終わりにしてはくれまいか……?」

 不意に、鵺はグッグッグ、と肩を震わせた。
 まるであざ笑うかの様な動き…源三郎の言葉は認識している様子。

 震える身を抑えながら、しかし源三郎は「何故笑う、」と声を荒らげれば、鵺はゆっくりと、男の心地良い声にて言葉を紡いだ。

「"汝"が言うか?
 "其の口"が、人の罪を被ると?
 其れは正気の沙汰か?」
「嗚呼、俺は正気だ」

 更なる鵺の笑いが、雨を切り周囲へ響き渡った。
 其の一瞬、雷鳴が共に鳴り響き、雨がビタリ、止んだ。
 まるで滑稽ぞ!そう、総てが源三郎をあざ笑った。

「面白し!汝、其処まで人に肩入れするか!!」
「なぁ、鵺どん。
 此処は"人の世"だ……妖は慎むものだぜ?」
「良く言えたな、やはり汝は面白い!
 しかしならぬ、ならぬ!」

 又、ゴロゴロと空が鳴る。
 立ち上がった鵺にズシン!!と其れは落ち、バチバチと青白いものを纏った身が、毛が、ざわざわと逆立った。
 源三郎の脚が、竦む。

「我を、我の片割れを返せ!!
 我等の住処に足を踏み入れ、吹き矢を射て浚ったはあの男!!」
「"片割れ"、だと……!?」
「我を盗み、傷つけ、晒し上げた彼奴が憎い!!
 我を指さし嘲笑(わら)う人間が憎い!!!」

 "バチィィン!!!"
「ッが……!!!?」

 突如飛び来た稲妻を避ける隙等、微塵も無かった。
 衝撃が走り、其の身が痙攣した。
 何が起こったのか分からぬまま、其の一瞬、意識が白く飛び。


 ………

 ほんの一瞬であった筈なのに、どうやら長い時間が経った様子。
 気付けば、源三郎は川の如く水が流れる地面に突っ伏していた。

 身が酷く冷え、ブルブルと震える。
 先の直撃の所為もあろう。
 ……そして、恐怖も。

 あの鵺の姿は、無い。
 其処には足跡すら残っておらず、まるで元より自分一人であったかの様。

 身を漸く起こせば、其処で初めて全身に痺れが残っている事に気付く。
 胸に詰まっていた空気が俄かに吐き出され、口に侵入した泥水が咳となって出て行った。

 しかし。

「……」

 "片割れ"、そして"吹き矢"。

 ふと、鵺とし乃雪の言葉を思い出す。
 泥まみれの顔を拭いながら、ポロリ言葉が漏れた。

「し乃雪の、言う通り……
 妖に裁かせるべき罪も、あるのやも知れねぇな」

 ……この雨は怒りのみにあらず……。
 其れを何処と無く知り得た源三郎、しかしふと嫌な予感が過ぎり、顔を上げた。

 黒町屋に一人置いてきた、し乃雪。
 まさか……。

 震える膝を鼓舞して踵を返し、遊廓へと戻る。
 そう、あの小さな男は……あの体にあの大雨、遠くへ行ける筈が無い。
 そしてあの男、白き天人を酷く気に入っていた……。

「居なくなったんじゃ無ぇ……"見えなかった"だけか!?」

 泥を跳ね上げ、源三郎は走った。