「あの木乃伊を鵺どんに返せば、其れで一件落着か?」
「もっと簡単な方法があるわえ」
「何だ、」
「駁螺を箱ごと外へ放れば良い」
「……おい、其れはいかんだろう?」
「此処に置いては置けぬわえ、吉原が雷様に黒焦げにされるわえ」
「駁螺の命が危ないだろう!」
「……お前さんな、」
漏らされた溜息が、少し白い。
この時期には珍しく、随分空気が冷えている。
向けられた呆れ目すら艶めかしいし乃雪であるが、しかし源三郎の真っ直ぐな瞳の前では何の役にも立たぬ様子。
「そもそも何故に自らの身を危険に晒してまで助く必要がある?
大勢を死なせる位なればこの男を差し出せば良い事……。
昼間に死んだ見世物小屋の幾人は、駁螺一人が犠牲になれば助かっておったのでは無いかえ?」
「どの様な屑だとすれ、人の罪は人によって裁かれるべきではあるまいか?」
「人が妖へ犯した罪は妖が裁くべきじゃ」
「住まう世が違う!」
「違う世に手を出した方が悪い」
「しかし!」
じっと、源三郎を見遣っていたし乃雪の目が、不意に地へと落ちる。
瞼の奥へ隠れ、暫し冷たい空気を吸い、溜息となった後。
「…あやつを助け話してかたを付けるにせよ、あやつを盾にせねば鵺とやら様は取り合うてもくれぬよ?」
「しかしだ、もしそうだとすれ」
「見ず知らずの俺やお前さんでは消し炭にされてお終いじゃて……しかし、頭は下げねばならぬ」
「……雪?」
"ゴロゴロゴロゴロゴロ………"
「嗚呼、お前さんの言葉に負けたよ…源三郎。
……此度のみじゃ」
伏せた紅玉の眼が、今一度源三郎を見遣る。
少し濡れた其の瞳、何故だろう。源三郎には、酷く慈悲を湛えたものに見得、美しい。
源三郎は、し乃雪へと向き直り、胡座をかき直し。
深く、頭を下げた。
「恩に着る」
「……ふふ……甘いのぉ、お前さんも。
俺も、な……」
そう言えば、外に轟いていた雨音と雷鳴が、少し遠くに離れた様な気がする。
漸く安堵の欠片を見出した源三郎の、ふぅ、と漏らされた溜息。
其の背を、白い手は再びすすすと撫でた。
温かい手が、今日は殊更心地良い。
