アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 

「無いね」
「真にか、」
「嗚呼、無い無い。
 わしは清廉潔白だよ?何も、"殺しちゃあいない"し"盗んでもいない"。そんな男に見えるか?」
「よもや、其の箱の中身を狙うておる……其の様な事も無いのであろうな?」

 再び上げられたし乃雪の声。

「随分と大事にしておる様子……見せ物にする為の妖の子でも抱えておるのかえ?」

 ぴく……
 駁螺の頬が震える。

「有り得ないよ、そんな物は。
 これはな、わしの大事な大事な商売道具さ。見るかい?」

 声が少し上擦っている。しかし、側にある箱を自分へと寄せ、其の小さな背に迫る大きな箱の側面を、ふるふると震える手ですぅと引き抜けば、……成る程、確かに。
 其処には針箱や鋏、吹き矢、小さな壷、綿の詰まった袋……何に使うのか良く分からぬ道具類が詰められている。

「だろう?こんなものしか」
「其処じゃ無かろうて、」
「へ?」
「其の、奥…じゃ。其の箱には未だ余地があろうて」
「何の事だか、」
「上の蓋を開け、中身を見せ遣れよ」

 駁螺の頬が引き攣る様を、源三郎は見逃さなかった。
 彼の目にも、確かに今の駁螺は焦っている様に見え、口を開かぬながらすと目を細める。

「如何した?早う」
「……商売道具しか入って無ぇよ、」
「早う、」

 強まるし乃雪の声。
 漸く、駁螺はゆっくりと動き出した。
 確かに其の木箱は上の蓋が取れる仕組みとなっているらしい、カコンと小さな音を立てて外され。
 ゆっくりと駁螺の上半身が中へと入り、そっと取り出された、其れ。

 ……猿の様な毛と顔に額を剃られ、背に亀の甲羅を背負わされた、一見すると酷く粗末な作りの木乃伊。
 見た事がある…其れは、あの見世物小屋の奥方にて人魚と一緒に飾られていた、あの河童の木乃伊だ。

「……ふぅん、残念」

 詰まらぬ素振りで溜息を漏らす、し乃雪。
 其れを源三郎が「もう良いだろう、」と小声で制す傍ら、駁螺はそそくさと木乃伊と道具を仕舞い箱を背負って立ち上がり。

「今日はもう疲れたわい……
 あの戌良さん、親切だねぇ?寝床を用意してくれたよ。
 今宵はお言葉に甘えてお泊まりするとしよう……」

 小さな背が、大きな箱に隠れている。
 横に揺れる歩き方にて襖までよたよた歩いた後。
 ふと振り向き、し乃雪の方へと目を向けた。

「……嗚呼、そうだ。白い兄ちゃん、」
「何か、」
「あの物の怪が何故わしを狙うのかは分からねぇが、止め方は知っておるよ。
 ただな、条件がある」
「、」
「あんた、わしと一緒に全国を回らねぇかい?
 其の綺麗な姿で蛇の一匹でも食えば、きっとお客さんはおったまげるだろうて…なぁ?」

 にぃやり。並びの悪い歯を何時も以上に見せ、しかし眼は笑っていない。
 嫌悪の形相で何か返そうとしたし乃雪であったが、しかし其の様な間も無く、駁螺は少し開けた襖の隙間よりするりと出て行き、パタンと閉められた。