「いやね、実はわし一人助かったんじゃなく、"わしが狙われておる"んでさ」
「お前が?」
「嗚呼よ」
「雷様にか、」
「ふへへ……や、厳密にゃ違うがね」
「じゃあ何じゃ」
「さぁねぇ……でもアレでさ、でっかぁい牛だか虎だかの様な影が、雲の奥からこっちを睨むんだぜ?
其れも、まるでわしを追い掛けるように雲を引き連れて、大雨ぶちまけながらね」
「何時(いつ)からじゃ、」
「お?まさか、こんな嘘みてぇな話を信じるのかい?」
「嘘か如何かはお前を外に放りゃ直ぐ分かる。違うか、」
「其れは勘弁してくれよぉ……」
「でかい動物の影……」
し乃雪と駁螺の問答合戦の中、源三郎の呟きが間を割る。
二人が振り向いた先には、珍しく真面目な顔で考え込む源三郎の姿があった。
「如何した源、」
「いや……一刻も早くこの雷様に消えて欲しくてな」
「わしがおる限り止まりませんよ、」
「聞かれた事を答え遣れよ。で無ければ直ぐにでも摘み出してやろうかえ」
「へいへい、」
……こいつ、段々態度がでかくなってやがる……そう心の内に思ったのは果たしてし乃雪か源三郎か。
しかし、二人共に表情に陰りを落としていた事に間違いは無い。
「其れで、何時から?」
「丁ー度一年前かねぇ……
ほら、此処より西に大きな森があるだろう?あそこにな、散歩をしに行ったのさ。
其処で大きな大きな物の怪に出くわしてよぉ、」
「物の怪、」
「鵺(ぬえ)、さ」
"ドォン!……ゴロゴロゴロゴロ……"
ビクン。源三郎の身が弾むは、恐らく雷の所為。
顔面を蒼白にした彼が恐る恐る外の方へ顔を向ける姿を、し乃雪はクスリ笑いながら横目で見遣る。
「源三郎、落ち着け。案ずるなよ」
「嗚呼、…嗚呼…」
し乃雪の手が、そっと後ろへ回る。駁螺の見得ぬ位置にてゆっくりと源三郎の背にあてがわれ、うっすら湿った其の背より幾許か力が抜けた。
「雷、怖いんですかい?旦那、」
「源の事は構うな。
其れより、鵺とな」
「嗚呼、左様さ。知っておるかい?」
食い終わった椀をコロンと膳に転がし、ずいとし乃雪へと寄る。
黄色の歯を見せびらかしながら、血走った眼が彼の白い顔(かんばせ)をはっきりと映した。
「どうやらあの森にゃ鵺を祀る祠があるらしい。
偶々其処へ踏み込んだら、鵺の逆鱗に触れちまったらしくてねぇ……
其れから一年、ずっとあの調子でわしを探しては追いかけて来おるのさ。
……とは言え、此処まで酷いのは初めてだ。使いみぃんな死んじまって、わしはこれからどうやって仕事をして行けば良いのやら……」
わざとらしい泣き真似にて肩を揺さぶる駁螺。
「……他に、其の鵺とやらの逆鱗に触れた事に心当たりは無いのか」
落ち着いてきた源三郎が、漸く言葉を紡ぐ。
