「しかし、のぉ源の字?」
「ん、」
「あの男は何故に生きておるのかの、」
「……其れも、不思議なんだよなぁ。
奴さんを下敷きにしておった板も黒焦げであっただろう?
相当燃え盛った筈だ。逃げ惑うたとしても、」
「何ぁにも分からぬわえ。其れに、あんな男の事は如何でも良い」
「おいおい、」
「其れよりも俺は、」
ゆるり、湯気の向こうにてし乃雪が源三郎を見遣る。
笑みを湛えながら手を伸ばし、浅黒く逞しい腕をなぞり。
「こぉんな色の、あの"箱"が気になるわえ」
「……薄っすい胸板でそんな事をされたって、ときめきもしねぇや」
「ほぉ?なれば鍛え上げた益荒男になれば」
「無ぇよ、」
「詰まらぬ男じゃの、」
そう苦笑を浮かべれば、源三郎もさらさらと湯を揺らしつつ、笑う。
「しかしよ、其れでもし乃雪太夫は笑みの方が断然良い」
間違い無く世辞であろうが、そう言った色男の表情があどけなく、し乃雪の心の臓を高鳴らせ。
「其れは其れは、有り難うよ」
むぅと頬を膨らませ、恥ずかしそうに口元まで沈んだ。
其の時だ。
「源さんにキツネよい!悪りぃがお客さん一人増やさして貰いますぜ!」
木戸の向こう側からドタドタと足音がしたかと思うと、戌良の荒立った声が薄暗い風呂場に響く。途端に其の木戸ががらりと開き、慌てた様な様子の戌良が、片手で引っ掴んでいるぐったりした様子の何かをぽぉいと湯船に投げ入れた。
其れは驚いて立ち避けたし乃雪と源三郎の丁度間にぼちゃんと落ち、暫くぽこ、ぽここ……と泡だけを浮かばせた。
「戌良、お前は無一文でこのし乃雪の肌を拝もうてか?」
「あいやすんません……」
「…… 何だ?今のものは」
「いやね、もうガタガタと震えが止まりませんでしたもので、かくなる上はと……」
言う間に、落とされた其れは意識を戻したらしい。ざばざばと暴れたかと思えば、「ぶはぁッ!」と必至の形相で水面に顔を出し。
ぜぇぜぇと息を整え、髷弛んだ落ち武者の如き姿のまま
「………… 嗚呼!昨日のお客さんかい!」
と、其れはあの口上と寸分狂わぬ濁声で頓狂な声を上げた。
そう。あの時見世物小屋入り口にあった人の目線程の番台に座り、途切れる事無く口上を語っていた……焦げた見世物小屋の真ん中で気を失っていた、あの男だ。
成る程、こうして見れば其の小ささは異様。
先客二人が胡坐をかいて漸く肩が少し出る程度の湯船の中に立っているにも関わらず、其の老け顔の口が湯波にぱしゃぱしゃと叩かれ、あっぷあっぷと苦しそうにしている程だ。
其の姿にて見世物小屋の番頭に立つは適役なのであろう。
「こりゃぁ……あの別嬪さんは男だったのかい!!まぁまぁ御立派な……」
湯船にゆらゆらと揺られながら、やはり上げるは其の話題。
其れまで無表情のまま佇んでいたし乃雪、途端にムッと歪む。
