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黒町屋の玄関に、不安げな面持ちの客寄せ・戌良が居る。
この大雨の中を飛び出して行ったし乃雪達が心配であったらしい、二人の影を雨の向こうに見付けた途端、其の顔がぱっと華やいだ。
「何処へ行っていたんだい、キツネ!……おや、まぁ、源さんも!
其のお方はどなた様です、…なんと!? 大変だ、さあさあ中へ!」
濡れたまんまじゃお辛いでしょう、風邪を引く前にさあ。そんな事を口走りつつ、しかし戌良は気の利かせ方が良い。大風呂を一つ、し乃雪と源三郎の為に開け放してくれた。
二人は濁声の男を戌良に任せ、先ずは受け取った手拭いにて身に滴る水滴を拭き取る事にした。
ことし乃雪は暑さ寒さの類が苦手な様子、ガタガタと震えている。
未だ濡れていない手拭いを数枚肩に掛けてやれば、見上げた瞳は子猫の様で、源三郎は目を逸らしたままわしゃわしゃと其の身を拭き遣った。
黒町屋には、陰間茶屋に勤める者達用の大きな浴場が別途用意されている。
今日は相当冷えるらしく、し乃雪達の前に先客が居た様子。
只の数刻で沸かし直しのお呼びが掛かり、さほど待つ事無く冷えた体を温める事が出来た。
先に湯船に浸かり暫く放心していたし乃雪であったが、貰ったシャボンでゴシゴシと体を擦る源三郎の背中にふと目を遣り、止まる。
「随分良い背中をしておるのぉ」
シャボンの泡でぬめる浅黒い背を、ツルリと白い指が滑る。
「そりゃあ働く男の背よ」
言いつつ、しかし余り心に余裕は無いらしい。先の"臭い"が気になるのか、わしわしと手拭いで擦る傍から逞しい身が泡に包まれていく。
「此処を仕切る"大旦那"が南蛮から来た男でのぉ。偶にこの様なものを寄越して来おるのさ」
「良いものだな、脂っ気がすっかり落ちちまう……如何だ、臭く無くなったかい?」
「まぁ、今はシャボンの匂いしかせなんだ」
言えば、やはり海の向こうは凄いなぁ、と源三郎は漸く笑顔を見せた。
「して……し乃雪太夫よ、」
下ろした烏の如き黒髪が湯と共にさらりと背中を流れ、かぽん、とたらいが床に音を立てた辺り。源三郎の柔らかな声が湯気と共に響く。
「あの惨劇、少々可笑しい気がせぬか?」
「見世物小屋の、…何処が可笑しいと思う?」
「あの雨だろう?雷様一つドドンと落ちて、小屋一つ丸々燃えると思うか?」
「事実、燃えたぜ?」
「だから、故に変だと。
雷様であれだけの人が亡くなったとて、番傘も役に立たぬあの雨で外壁まで燃えておるのは甚だ不思議でならぬ」
「雷獣様か鵺様か、八百万の神々の恨みを買うたか、見世物で…のぉ?」
二人、苦笑。
