アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 

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 翌日。
 昨日の快晴がまるで幻であったかの如く、屋根を強か叩く雨の音にて二人は目を覚ました。
 ざあざあと、何時頃から降り始めたのであろう。昨晩は西の空にすら雲が見えなかった筈なのに……小首傾げつつ、しかしこうも大降りでは祭りは中止。
 ふぅ、と小さく溜息漏らした源三郎……しかし、自分以上に落ち込んでいる者がどんよりと傍に居る。

「……… 雨じゃの、」

 ぽつり。一滴の雨粒の如く言葉を漏らした、窓辺のし乃雪。大雨に掻き消えた其の言葉が、しかし源三郎の耳に入ったのか否か。

「そう落ち込むなよ。お前さんに其の落ち込み顔は似合わねえぞ、」
「この日の為に一年(ひととせ)待ち詫びた俺の気持ち等、到底お前さんには分からぬであろうて?」
「やっぱり楽しみだったんじゃねえか?昨日はあんなに」
「黙らねば追い出すぞ、」
「……」

 普段見ぬ怒りの背中に、其れ以上の言葉を呑み込んだ。


 普段の雨なれば、し乃雪はもっとはんなりとあの窓辺に座っていたであろう。
 ……そう言えば前、雨の日に訪れた時は、喋っている間も雨雫を手に受け嬉しそうであった。吉原に滴る汚れ無き雨も乙なものじゃ、と、其の微笑みも柔らかく。

 其れを思うに、此度の大雨はまっこと憂鬱らしい。雨が吹き込み濡れる事も気にせず、まるで影が差した様な背中に、やがて源三郎すらも痺れを切らし、立ち上がった。

「雪、今風(風邪)を引いたら明日こそ行けなくなるぞ?
 俺と遊ぼう、少しは気が紛れる」
「……明日晴れる様な気が微塵もせぬ」
「何故だ、」
「昨日の話、今朝方に遊女達に聞いてみた」
「何時の間に聞いたんだ?」
「風呂の時じゃ。……詳しき事は誰も分からなんだが、一つ。
 雷が落ちたは隣町の宿、仏さんは皆的屋(まとや:縁日での露店商)であったらしい」
「其れと晴れないとは如何関係ある?」
「其れは、」

 と。
 ゴロゴロゴロ……にわかに重い空が唸り出し、思わずし乃雪は上空を仰ぐ。其のまま次の言葉が出て来る事は無く、源三郎も顔を歪めつつ隣へ並び、見上げた。
 遠く鳴り響いていた雷轟(らいごう)が間近にて唸り、青白いものが雲の合間を縫う。……ふとし乃雪が見れば、そう言えば源三郎の手が彼の袖を強く握り締め、少し震えている。

 ――― ほぉ?

 何かを察したし乃雪、やがて悪い事を思い付いた様子。
 雲の適当な部分を指差し、

「……何か、おるな」
「えっ、」
「ほれ、あそこに大きな影がおる。…雷神様か?(ぬえ)様か……」

 ゴクリ、源三郎の喉が鳴る。
 其の様が面白いらしい。見えぬ所でクスクス笑いつつ、再び見上げた、其の時だ。

 "ぬるり……"
「!? 何、」

 雲の合間に、大きな影が、揺れた。
 一瞬のみ、其れは獣……巨大な牛か虎の如き形を取り、刹那。


 "ズオオオオオン!!!"


 天地がひっくり返るかの如き轟音と青白い光の枝が曇天を斬り裂き、二人の左前、遊廓の壁の外側へと落ちた。
 普段間近にて耳にする事無き轟きは耳に蓋をし、(くら)んだ眼も数瞬使い物にならず。

「っ…… まさか真に何か居ったのかえ……」

 キィン…と響く耳鳴りがやがて雨音へと戻り、再び世を目に映した頃。
 振り向けば、源三郎が背後にて顔を青くし、尻餅を突いている。
 どうやら今の落雷に心底驚いたらしい。


「何じゃ!お前さんは、踏まれた蛙か!」
「や……雷様は……ちぃと苦手でな……」
「このし乃雪よりも怖いものがあったのかえ?
 ……しかし、見事な尻餅じゃ!嗚呼面白い」

 漸く、し乃雪の顔に笑みの華が咲く。けらけらと笑う彼に少々の安堵と苛立ちを覚えつつ。
 やがて二人は再び恐る恐る外へと目を向けた。

 ……黒煙が、雨の中にもうもうと立っている。
 この大雨なのに火を噴く程の雷……只の落雷では無さそうな。

「随分近くに落ちたな、」

 呟いた辺り、建物の中に身を潜めていた人々が次々に窓より顔を出し、雨音に混じり活気が戻る。
 皆が見遣る方向、遊廓の壁よりも高い木々が多い茂っている。誰かが「神社の方じゃあ無えか?」と叫んだ。

「神社かえ、……」

 し乃雪も又、ぽつり。ちらと空を見上げ、又。

「あの"影"の仕業かえ?」
「そもそも、お前。"影"が見えたのか?冗談とかじゃあ無く」
「嗚呼、間違い無い」

 し乃雪が言えば、源三郎がすと立ち上がり。

「気にならねえか?」
「俺は行かぬ」
「如何して、気になるじゃあ無えか?」
「濡れるが億劫じゃ」
「ふむ……
 あーあ、しかし明日祭りが執り行われるか如何か、分からなくなっちまったなぁ」
「………」

 むぅ、と膨れ面をして見せたし乃雪。……おもむろに立ち上がり、帯を解き始める。

「雪、何を」
「……… お前さんは俺が女形しか着ぬとでもお思いかえ?」
「嗚呼、てっきり」
(たわ)け、」

 漸く行くつもりになったらしい。源三郎は胸を撫で下ろし、しかしストンと着物が落ちたし乃雪の白い背より慌てて顔を逸らす。
 ……この所随分共におれど、源三郎には未だ彼の肌が男であると言う自覚が薄い様子。
 はたと気付いて向き直れば、し乃雪が細い男の身を揺らし笑っている。
 「お前の所為だ、」と悔し紛れに返した。