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源三郎の癪が収まった辺り、し乃雪はくつくつと笑み零しながらすと茶を差し出す。
「いやいや、済まなかったのぉ…しかし、久々に良いものを見た」
「……そうかよ……」
ぐったりと肩を落としたままの源三郎。其の傍に腰を下ろしたし乃雪、まるで御伽噺の如く、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
"彼"は、この黒町屋にて働く陰間なのだと言う。
蘭方医の元にて小さな頃修行していた最中、其の美しさに一目惚れした黒町屋の大旦那が大金積んで懇願し、売り渡されたとの話。
……暫くは他の陰間同様に身を売っていたが、やがて女を越える其の姿を見世の奥に閉じ込め置くには勿体無いと考えた大旦那は、彼を茶屋玄関の二階に座らせ、以来し乃雪はこの見世の世話役兼"看板"役であるらしい。
「俺を男と知る者であれば身を売れるが、其れ以外……お前さんの様に"勘違い"した男には何もせぬ。
剥いでこの身ではがっかりであろう?
源三郎、お前さんには済まぬと思いつつな……しかし、お前さんなれば友になれるやも知れぬと思うた」
「何故、」
「ほれ、この前遊女達に土産を振る舞ったであろう?」
「ん?……嗚呼、南蛮菓子か?」
「あれはまっこと美味であったよ」
「……理由が、其れかい?」
「其れにの、お前さんは話が上手い。
この前皆に話しておった古狸の話なんざ、俺が簾の奥でなくば腹を抱えて笑っておったところじゃ」
「…そうかい…」
すぅ、と一口煙管を含み、ふと睫毛を揺らす。
「そして、其の顔。
俺の"好み"じゃ」
「やめてくれよ、俺は男にゃ……」
「何を申す、源三郎?」
又笑いながら、ひらひらと手を振るし乃雪。
「何って、」
「俺が何時この身を抱けと言うた?
もう一度言うが、此処へ通したのは良き友になってくれそうだと思うた故だ」
はっきり切り捨てられ、源三郎の顔には安堵と落胆。
男をそそる美人とて、相手が同じ男ではしょうがない。
男狂いに転ぶ気は皆無だ…今の所は。
其の顔に何かを察したし乃雪。
微笑みを僅かながら崩し、煙管をくゆらせ、紅い瞳を向けた。
「お前さんが良ければ、で良い。暇な時は此処へ来ておくれよ」
「嫌だと言うたら、」
「其れまでさ」
そう詰まらなさそうに吐き、ついと目を窓へと向ける。
まるで振られた様な仕草…源三郎はフフ、と苦笑しつつ
「其の顔で言われたら断れねぇじゃねぇか……分かったよ」
と、頷いた。
「有り難う」
再び振り向きそう呟いたし乃雪の表情は、何にも例え難き程に美しいものであった。
……其れこそ、源三郎が悔やむ程に。
